現役CAからのメッセージ

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CAを辞めて   訓練を終えて・・
フライト生活    仕事も、育児も・・・
1年目を振り返って   ニューヨーク 2003年冬
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産休に入って思うこと   ソムリエと利き酒師と私
CAに向いている方もいれば、向いていない方もいます。今回は、念願のCAになり、がんばったにもかかわらず、夢と現実のギャップから体調を壊し、半年の乗務でCAの世界から離れた方からのエッセイです。

CAを辞めて

みなさんは、なぜCAを目指していますか?女性なら一度は憧れるキャビンアテンダント。制服を着て、空港を歩いている姿がかっこいいから?人にサービスをすることが好きだから?いろいろな所に行けて楽しそうだから?

私もCAを目指した動機は、そんな単純な理由からでした。そして、実際にCAとして働こう!と思い、CAという職業を知っていくにつれて、CAという仕事に魅力を感じていきました。しかし、実際にCAとして働いてみると、そんなにかっこいいものではなかったのです。華やかそうに見えるCAの仕事の裏側。ここでもう一度、冷静にCAという仕事について考えてみませんか?

搭乗手続きが始まって、機内に乗り込むと笑顔でCAが迎えてくれて、その笑顔に元気をもらうことも多いですよね。みなさんがCAと聞いてイメージすることは、常に笑顔でお客様のおもてなしをする接客のプロということではないでしょうか?お客様がよく目にするCAの仕事は、飲み物を配ったり、新聞をお持ちしたりと、機内でお客様が快適に過ごせるように気を配っている姿だと思います。そして、実際に、私も、お客様に喜んでもらえるサービスをしたい!との思いで、CAを目指しました。

しかし、CAの一番大切な業務は、保安業務です。保安業務が重要な業務ということは、もうご存じの方も多いですよね。もちろん、私も入社前には保安要員としてCAは乗務しているんだ!という意識はありました。しかし、自分が思っている以上に保安要員としての仕事が多く、理想と現実のギャップに苦しんだ時もありました。実際に乗務を始めると、国内線CAの仕事のほとんどが保安業務なのです。機内においてある、緊急時に使用する装備品のチェックから仕事が始まります。いつ、どんな時にどのようなことが起こるか分からない。CAは、あらゆる事を想定しながら乗務をしています。

みなさんは、CAのマニュアルを見たことがありますか?辞書ほどの厚さがあるマニュアルのほとんどを頭の中に入れて、乗務をしないといけません。機種ごとに脱出ドアでの操作が違うので、乗務の前には必ずチェックしておきます。私がいたA社では、乗務前のプリ・ブリーフィングでは、毎回チーフパーサーから安全面の知識確認が行われます。これには、何を質問されても必ず答えられるようにしておかなければならないため、乗務前はみんな必死でマニュアルを見て勉強をしています。分厚いマニュアルの中から何が質問されるか分からないため、とにかく必死でした。毎日がテスト勉強のようです。これは、本当に厳しいものでした。

記憶に新しいものだと、アメリカのハドソン川で飛行機が緊急着水し、奇跡的に乗員乗客が全員助かったというニュースがあったと思います。訓練を受けている私は、緊急着水前、機内でどのような事が行われていたかが想像できます。緊急時にマニュアルを見て確認している時間がないために、頭にたたきいれておく必要があるのです。自分がCAとして乗務している飛行機が緊急着陸することを想像してみましょう。機体が急降下し、着陸時に炎があがりました。お客様がパニックに陥っている状態でも、マニュアルにしたがって、冷静沈着にお客様を安全に誘導できますか?

また、私が実際に乗務をして感じたことは、本当に体が資本の仕事だということです。CAの仕事は想像以上に体力勝負です。朝3時に起きる日もあれば、夜の11時まで乗務をしている日もあります。とても不規則な生活になります。

私が乗務していた航空会社の国内線では、1日に平均3〜4便乗務することが当たり前です。国際線でも、韓国、中国などの短距離路線は日帰りです。通常、離着陸時に体力を消耗すると言われており、1日に3〜4便乗務することを考えると、どれだけ体力を使うかが想像できますね。機内は、酸素が地上よりも薄いため、地上で仕事をしているときよりもハードです。ドリンクサービス時などに使用するカートも見た目以上に重いです。上昇中にカートを動かす事もあり、腰に負担がかかることもあります。

そして、近年スケジュールが非常にタイトになってきています。朝の5時にショウアップ(プリ・ブリーフィングが始まります。実際には、その1〜2時間前には会社に出社します。早朝出社でも、夕方の4時くらいまで仕事が終わらないということもめずらしくありません。拘束時間が長い時もあります。また、ほとんどが3泊4日で乗務スケジュールが組まれているため、その間はどこか地方のホテルに宿泊するということになります。ホテルの客室は乾燥しているため、自己管理も重要な仕事の一つです。

これは、私が乗務していた航空会社特有のことだと思いますが、次々に後輩が入社してくるため、あまり経験を積んでいなくても、重要なポジションをどんどん任せられます。ですので、常に勉強やチャレンジ精神がないとプレッシャーとなります。

余談ですが、食事をゆっくり取る時間がないくらい分刻みで仕事をこなさなければならないので、男性よりも早食いになってしまうかもしれません。

CAと聞くと、かっこいい制服を着られていいな、笑顔で優しそうだな、華やかな世界だなと感じてしまうかもしれません。しかし、湖に浮かんでいる白鳥のように、お客様に見えている所は、優雅そうに見えますが、水面下では、必死に足をバタつかせているのです。

私が実際に乗務をして感じたことは、お客様へサービスをする接客のプロというよりも、 安全運航を常に考えながらの乗務だということ、想像以上に体力勝負だということ、常に勉強が必要だということ、そして、精神的にどんどん男前になっていく、ということです。

緊急時やトラブル時には、リーダーシップを発揮しなければいけません。見た目が怖そうなお客様にも、凛とした態度を取らなければいけない時があります。とても重たい荷物も、お客様の代わりに、上の棚へ上げなければいけません。ダメなことは、ダメと言わなければいけません。怒られることも日常茶飯事です。想像以上に心身共にタフでなければできない仕事です。

もちろん大変なことばかりではありません。月並みですが、お客様に「ありがとう」と言われたときは、この仕事をしていてよかったな、と思います。サービスをしていて、お客様と気持ちが通じ合ったときは、とてもうれしかったです。

いかがでしたか?これをきっかけにCAの仕事の裏側を少しでも知ってもらえましたか?

CAの仕事の良い部分だけではなく、大変な部分もしっかり見ていきましょう。憧れだけではつとまらない大変な仕事です。それでも、CAとして働きたい!!という覚悟が持てるなら、とてもステキなCAなって大空を飛び回ってください。 2009.06
 

元大手国内航空会社CA Y子
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フライト生活

あの入社訓練から数年経ち、いま私は国際線をフライトしています。担当路線はあるものの、さまざまな国へフライトする日々です。一ヶ月の間に、ヨーロッパ、アメリカ、アジア・・・昔じゃ考えられない日常だなと思います。でも、それがいつしか普通になり、時差にも慣れ、スーツケースのパッキングも早くなりました!

この仕事につきたい!!と切に思っていた頃を思うと、想像以上に大変なことはたくさんあります。実際、「大変な仕事なんでしょう」とよく人に言われることがあります。でも、大学を卒業してすぐにこの仕事についたので、これが他に比べて大変な仕事なのかどうか分かりません。きっと、どこの社会にも、人間関係の悩みはつきものだと思いますし、それぞれの職にはそれぞれの悩みがあるものなのだと思います。

私がこの仕事についてよかったなと思うことは、何年も経った今でも、けっこうな頻度で訪れます。つい先日も、機内から眼下に広がるアマゾンを目にして、感動したまま思わず見入ってしまいました。忙しいフライトのほんの空いた時間に、このような景色を見ることができるのは、やはりこの仕事ならではだと思います。

また、もちろんステイ先の楽しみもはずせません。ホテルに着いたら、とりあえず皆休養を取るものの、クルーの間で脈々と受け継がれた美味しいお店情報によって、夜は美味しい食事に繰り出します。大体、いつも行くお店はいくつか決まっていて、そこに新しく入った美味しいお店情報を加えてアップデートされていきます。その食事の場で、先輩(ソムリエ率高し!) から美味しいワインを教えていただいたりして、何もしなくても美味しい食事とワインが楽しめたりします!あとは、都市によって観光やお買い物、スポーツ観戦、観劇など楽しみ方はさまざまです。私の同期には、夜中じゅう飛んで、ホノルルに朝着いた直後からサーフィンに出かける強者もいます。

個人的な楽しみは、地元のスーパーに行くことです。スーパーなど地元に密着した場所では、観光地よりもその場所のカラーが出ているというか、売っているものが場所によってさまざまで楽しいです。例えば、パリやアムステルダム(オランダ)では、いろいろな種類のチーズを少しずつ切ってもらったのを買ったり、ワインを見たり、イタリアだと面白い形のパスタや生ハム、見たことのないお菓子を試してみたり・・・、どこの国でもそうですが、地元の人達に人気のあるものを知ることができて楽しいです。ただし、目新しいものに挑戦すると、八割方後悔するものが多いですが・・・。

なんだか仕事に関係のないことばかりざっと書いてしまいましたが・・・もちろん仕事の楽しみも多いです。次はそういう事もお伝えしたいと思います!では。

国際線CA Y.K
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1年目を振り返って

「おはようございます。いらっしゃいませ」
「本日もご搭乗ありがとうございました」
乗務し始めて、1年が経とうとしています。

 乗務し始めた頃は、毎日のフライトが緊張そのもので、お客様へのご挨拶さえもたどたどしい状態でしたが、今では仕事にも慣れて、笑顔でお客様に対応できるようになりました。
 この1年間を振り返ってみると、本当に今までにないくらい密度の濃い1年だったように思います。今まで、十数年やってきた学生から社会人になり、自分の生活スタイルが変わってきました。学生の時は、自分中心の生活でしたが、社会人になったこの1年は、会社中心の生活だったような気がします。

◎ 乗務について
 新人として覚えることがたくさんあり、大変でした。フライトで経験したことを次のフライトに繋げていけるように1つ1つ覚えていくことで、仕事もだんだん楽しさに変わってきました。
路線によりお客様も異なり、小さなお子様からお年寄りの方まで、幅広い年代の方々と接することは本当に楽しく、お客様から教えて頂くことも多々ありました。
(先日、機内に乗ってきた少年に、全国に行って自身で採取してきた小さな蝶の標本コレクションを見せてもらいました。美しく珍しい蝶を見て、感動したことを覚えています)
 また、仕事をするようになって、周りとのコミュニケーションの大切さも学びました。機内の仕事は、本当にチームワークが必要で、信頼関係を持ってできたフライトというのは、充実したものでした。

◎ ステイについて
 この仕事をしていての醍醐味の一つでもあるのが、地方ステイだと思います。私も学生時代は旅行が好きで、よく海外に足を運んでいました。この仕事をして地方を訪れることにより、海外だけではなく、日本の素晴らしさも再認識しました。地方ならではのお祭りを見に行ったり、お城を見たり、地域の名物を食べたり・・・。次の日の仕事に影響が出ない程度に、ホテルには籠らず、様々な観光に出かけました。

◎ 休日について
 私たちは、4日働いて、2日休み、という固定されたシフトです。よって、休みは固定されているので、先の予定も立てやすいです。休みの日には大学の友人と会ったり、買い物をしたり、家の掃除をしたり、趣味をしたりと平凡な生活をしています。この仕事は、月に休みが12日くらいあるので、他の仕事をしている方よりも、プライベートな時間がたくさんあると思います。平日休みということも多く、今までよりも平日の日中はより一人でいる時間が多くなりました。よって、自分自身のためになる新たな趣味など、自分磨きのためにも自己啓発をしていきたいと思っています。
 また、この仕事は接客業ということもあり、時には、理不尽なことで精神的に疲れたりすることもあります。しかし、そういったストレスをいかに自分でコントロールしていくか、ということも重要であると思います。こういったことを解消して、リセットしていくことも休日の大きな意味であると感じています。

 この仕事をし始めて、毎日が刺激的で、本当に楽しく仕事ができた1年でした。自分の視野も広がったと思います。もちろん、悔しい思いや、辛いこともありました。しかし、それを超える楽しさが、この仕事にはあるのではないかと思います。あくまで、仕事を楽しいかつまらないものか、それをどのように捉えるのかは、その人次第だとは思います。私は性格的に楽天的で、与えられた環境をよりどのようにしたら楽しくできるのか、ということを考えながら仕事をしてきました。その結果、大変充実した1年となりました。まだまだ新人ですが、これからもがんばってフライトをしていきたいと思います。

国内系航空会社 T美
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国際協力の現場から

現在私は、2年間のボランティア休職制度を利用し、中央アジアのウズベキスタンにて働いています。

9 年間CAとして、世界各国を飛び回ってきましたが、外国に住むのは、実はこれが始めてです。ウズベキスタンと聞いて、皆さんはどんな国を想像しますか?シルクロード、砂漠、イスラム教、なんだか怖そう・・・いろいろなイメージがあるかと思います。それ以前に、「どこ?」と首を傾げる方も多いかもしれません。(何を隠そう、本人の私がそうでしたから・・・)

ウズベキスタンは旧ソ連邦から1991年に独立した、人口約2,660 万人の国です。国民の88%がイスラム教ですが、戒律はそんなに厳しくはないようです。市場経済化を目指しつつも、まだまだ、旧ソ連邦の色彩が色濃く残るここウズベキスタンで、一体、私が何をしているかというと、ボランティア調整員という仕事をしています。電車の中吊りやテレビCMで知名度を上げてきた、「青年海外協力隊」や「シニア海外ボランティア」の各種事務手続き、活動上の悩みごと相談、新規派遣ボランティアの要望調査、語学訓練や健康診断のアレンジ、広報、健康相談・・・などなど、ボランティアの皆さんの活動をサポートする仕事です。

客室乗務員・・・世間では憧れの、華やかな職業と思われていますが、正直なところフライトに行くのが憂鬱なこともありました。不思議ですが、フライトで外国に行くと、どの国の景色も同じに見えてしまうのです。飛行機から降りて、一般のお客様とは別の出口から外に出て、クルーバスに乗り込み、外の景色を楽しむこともなくホテルに到着し、到着後も先輩に気を遣い、その晩の夕食会のアレンジをし、食べて、飲んで、帰ってきて、死んだように眠る・・・翌日は鉛のように重い体に鞭打って、そんなに興味はなくとも買い物に出かけ、午後からは翌日の乗務のことが気になりだして、ホテルに戻って、翌日のサービスのイメージトレーニング・・・そんな9年間でした。

もちろん、当たり前の話ですが、世界中のいろんな国に行けますし、合コンに行けばもてることもあります (笑)。世界中の美味しいものを食べ、ソムリエの資格も取ってワインへの造詣も深くなる。いつも人に見られているという意識からか、姿勢も良くなり綺麗になれる(と思う)。目標にしたいと思えるステキな先輩もたくさんいます。

しかし、「ボランティア調整員」という仕事を勧められ、もっと自分の視野を広げてみたくなりました。自分について、そして客室乗務員という仕事について、もっと別の視点から眺めてみたくなったのです。

そして、こちらへ来て1年2ヶ月が経過しました。これまでとはまったく異なる世界です。まず、自分のデスクがあることに感動。パソコンのスキルは特に勉強したわけではありませんが、ワードやエクセルは人並みには使えましたので困ることはありませんでした。

それより何より客室乗務員をやっていて良かったと思えることの方が多かった事実に、我ながら驚きました。まず、要人対応で怖気(おじけ)づくことがありません。国際協力の現場には、政府関係者、大学教授、コンサルタントなど、要人(VIP)と言われる方がたくさん来ます。空港送迎やホテルの手配、地方視察への同行など求められることがありますが、乗務員として「相手の立場に立って考える」ことが自然にできるので、堂々と自信を持って臨むことができます。接客業だけでなく、今、この人は何を求めているのだろう?とアンテナを張ることが、スムーズかつスマートな仕事のコツだと思いました。また、機内の仕事は時間制限がありますし、サービスのリズムというものがありますので、プライオリティをつけて仕事をする癖が身についています。次から次へと舞い込んでくる書類の山を、自然とプライオリティをつけてこなすことができます。さらに、イレギュラー対応に強い。開発途上国では、特に、突発的な事態が起こることがあります。そのような時にも、非常救難訓練で鍛えていますから、今何をすべきか、用意しておくものはこれ、連絡すべきところのピックアップ・・・などなど、頭をフル回転させて対応することができます。

そして先日、こちらの在留邦人で企画している「ウズベク会」という集まりで、プレゼンテーションを依頼されました。何を話そうかと悩みましたが、いろいろ考えているうちに、「国際人のマナー」というテーマに落ち着きました。結局、客室乗務員の新人訓練で学んだことを軸に、ウズベキスタンのサービスについて考えたり、海外で他人とのコミュニケーションを円滑にしたりするコツ、などといったことをお話ししました。(あるシニアボランティアの方がブログを開設していらっしゃり、このプレゼンについて記載してくださったので、興味のある方は是非ご覧ください。アドレスはこちら↓)
http://blogs.yahoo.co.jp/uzbekistan24/20873526.html

このプレゼンの準備をしながら、やはり客室乗務員という仕事を選んで良かったなぁ、と思いました。新人訓練で叩き込まれた思想、というか心の持ちよう、人間のあり方、そういうものが、今の自分の大きな財産になっていることを再認識したのです。

客室乗務員の仕事をしていると、時の経つのが本当に早いです。一般の人たちの3倍の速さで過ぎていくと言われています。ですから、ボーっとしていると、あっという間に歳を取ってしまいます。しかし、その中でいろいろ考え、自らを省みることを忘れず、常に何かに興味を持ち、自己啓発を怠らなければ、大きく飛躍できる仕事であると思います。

帰国後は、また空を飛ぶ予定ですが、この2年間でさらに大きくなれるような気がしています。別の視点を持つことにより、仕事の幅も、お客様との会話の幅も広がるであろうと、とても楽しみです。あと10ヶ月、自分がここに来た意味、使命、そんなことも考えつつ、思いっきり楽しんで、精一杯がんばりたいと思います。

J社 国際線乗務経験9年 M.O
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私の受験体験

長年の客室乗務員になる夢がかない、M航空から内定をいただくことができました。合格した理由はとくに思い当たりません。本当に、ご縁をいただいたとしか言いようがありません。

私が客室乗務員の試験を受け始めたのは、大学4年の時でした。ちょうどANA、JALと、日系大手の採用試験が始まっていた時です。客室乗務員が、人気職であることは知っていたものの、留学から帰国し、その翌日、たいした準備もせず、試験を受けるという、冒険を平気でしていました。今から思うと、甘い考えをしていたと大変恥ずかしいです。始めての試験は、これ以上ないくらいにあがってしまい、声だけでなく、足までふるえていました。あのようにドキドキした体験は、後にも先にもありません。
 
それでも、しばらくの間、私はえり好みをしていました。しかし、書類は通るものの1次に呼ばれても、必ず敗退でした。ときには、1次を通過したものもありましたが、結局は2次試験で惨敗です。そうこうしているうちに、卒業時期になりました。航空関係で、ひとつだけ内定をいただいた会社がありました、グランドスタッフの仕事です。航空関係という魅力はありましたが、私のやりたいことは客室乗務員だと考え、いったん、地元で、航空業界とは無縁な仕事に就くことに決めました。

そうして、社会人として働き始めてからも、私は、懲りずに、客室乗務員の試験を受け続けました。仕事をしているから仕方がない、と自分に言い訳をして、書類の提出期限を守れない時期もありました。地方にいるから交通の便が悪いと、面接に遅刻をしてしまうこともありました。私の書類審査通過率はしだいに下がっていきました。

面接の帰りに、泣きながら友達に電話をしたこともあります。ある時友達に、いつものように泣きながら電話をしました。私は慰めてほしかったのです。「大変だね。地方にいて、全然違う職種だし、君はよくがんばっているよ」と言ってもらえると思っていました。しかし、その人が口にしたのは、仕事にかこつけて、努力を怠っている私を見抜いて、「まだ甘いんだよ。もっとがんばっている人はたくさんいるんだよ。面接官には、それが分かるんだ」という辛口なセリフでした。「だって・・・」を繰り返す私に、友人はなおもたたみ掛けます。
 「スクールに行きたければ、なんとしてもその時間を作ればいいじゃないか。
     もっと無理すればなんとかなるじゃないか。まだがんばれる。まだ甘い!」

その時は、意地悪を言われているような気がしました。自分を否定されてしまったような気持ちになりました。でも、その言葉がきっかけで、私は少し変わることができたと思います。書類はどんなに疲れていても、眠くても、必ず期日までに届けるようにしました。おざなりになっていた仕事も、これではいけない、客室乗務員になったつもりで一生懸命やろうと思うようになりました。普段の生活が、面接で出てしまうという言葉を聞いてからは、大好きなジーパンやめて、毎日スーツのスカートをはくようにしました。

就職してから1年が経ち、私は初めて、アジア系のS航空会社の最終試験に望むことができました。そんな折り、スチュワーデス塾に出会い、私の悩みを聞いていただきました。今まで、だれにも相談できなかったことを聞いていただき、そして、温かいお返事とアドバイスをいただきました。残念ながら、初めての最終試験では、内定をいただくことはできませんでした。一番辛い時でした。もう少しで手が届きそうだったのにチャンスを逃してしまった悔しさ、ふがいなさ・・・。仕事を辞め、東京に出てスクールに通うかどうか悩みました。

さらに話しを聞いていただき、そして、今の仕事を大切にするようにとアドバイスを受けました。そのお陰で、なんとか仕事を続けることができました。そして、すぐ後に控えていたM航空に応募しました。面接の最中、他の方より優れていたようには思えませんでした。ただ少し、力を抜いて、笑えるようになっている自分がいました。いままでは、クルーになりたい一心で必死の自分でしたが、あのときは、自然な自分を見てもらえたような気がします。

私が、内定を手にするまでに受けた航空会社は、書類落ちも含めて(2度受けた会社もありますが)20社くらいだと思います。辛いこともありました。諦めてしまおうと思うこともありました。それでも、クルーになるだけでなく、何に対しても一生懸命になることができたら、その時の笑顔に、神様はきっとご褒美をくれると、今は思えるようになりました。

アジア系航空会社 E子
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産休に入って思うこと

私は今出産を控えて産前休職中です。
フライトからしばらく離れてみて、やはりこの仕事について本当に良かった、早くまた復帰したいなと思います。フライトに追われている時には、海外にステイすることにも慣れ、たまにはゆっくり家で過ごしたいなんて思ったときもありました。けれども今、ゆっくり時間があって、客観的に仕事を見つめることができると、仕事の良さが本当に実感できるのです。

まず、当たり前ですが、こんなに海外に頻繁にいける仕事はありません。いろいろな国の文化や人々、お客様に触れながら、知らず知らずのうちに様々なことを学ぶことが出来ました。テレビのニュースを見ていても、実際に肌で感じたその国の事情を知って見るのでは、面白さが違います。これは知らないうちに、自分にとって大きな財産になっていると思います。

もちろん、ステイ先でのおいしいお食事や買い物、観光も毎回の楽しみです。それだけではなく、フライトごとに初めて会うクルーやお客様からも、いろいろなことを教えて頂いたり、一回一回違うフライトが終わる充実感はかけがえのないものでした。サービスがうまくいかず落ち込んだことも多々ありましたが、心機一転、帰りのフライトではがんばろうと思うことで、少しずつでも自分の中で成長できた部分もあったような気がします。

他にもたくさん、この仕事で学べたことはあるのですが、産休中の私にとっても、個人的に役立ちそうなことがあります。それは、訓練所で、粉ミルクの作り方を学んだり、機内でたくさんの赤ちゃんと触れ合ったりしたことです。核家族化で小さなお子様のお世話をした経験がない人が多い中、クルーの仕事をしたことで、泣き喚く赤ちゃんと機内で接したことが、こんな風に自分に役立ってきそうだとは、あまり考えたことがありませんでした。

大学生のときに、就職活動をして、乗務員に内定したときには、これで海外に行って英語を使って・・・なんてイメージ先行なことを考えていました。しかし、この仕事は、実際には、本当に様々なことを学べる素晴らしい機会を与えてくれました。

これから出産・育児という、自分にとっては、全く未知の世界にしばらく入りますが、今までの乗務員の経験から、何とか自分も乗り越えられるのではないかと、勝手に思ったりしています。そして、他職種に比べて、長く取れる育児休職がありますので、復帰できる日を楽しみに、毎日を過ごしたいと思っています。

日系 国際線乗務経験12年 J子
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訓練を終えて・・・

私は、数ヶ月前にラインアウトしたばかりの新人客室乗務員です。
入社後の約2ヶ月の訓練を終え、今は国内線に乗務している日々です。だんだんと仕事や不規則な生活リズムにも慣れてきましたが、まだまだ先輩方から教えていただくことの多い毎日です。大変なこともありますが、楽しく乗務しています。今回は新人ながらに、訓練と乗務のことについてお話したいと思います。

まず、訓練について紹介します。自分の人生を振り返って、あんなにがんばった経験はなかったと思うほど、毎日が一生懸命でした。約1ヵ月半、訓練所に通い、 2週間のOJT(On the Job Training乗務訓練)を経て、めでたくラインアウト(*)です。訓練所では、朝の7時半すぎに教室に着き、着替えや雑用を済ませて8時半からHR (ホームルーム)、授業が始まります。そして大体5時6時くらいに終わるのですが、ピタッとすんなり帰れるのは稀で、放課後みんなで残ってデモ(*) の練習をしたり、教官方にいろいろ教わっていたりして、放課後も勉強会です(お叱り付き)。今思うと笑って話せるよい思い出ですが、当時は、みんなゲッソリしていました。家に帰っても、今日の授業内容のまとめや、テスト勉強をしなければ覚えきれないので、睡眠不足の日々です。また、教科書などとても重いものを毎日持ち歩くので、いろいろな意味で体力的にも精神的にも強くなったと思います。

私が訓練所でびっくりしたことの1 つが、教室のカーテンです。一見、普通のカーテンなのですが実は中からは廊下は見えないけれど、廊下からはばっちり中が見えるという、マジックミラーのようなカーテンです。これは、いつでも人に見られていることを意識する為のものらしいのですが、授業中など、よく別の教官が教室の中を見ていたりします。なので、教壇で話している教官が見ていないからといっても気を抜けません。たまにカーテンの向こうをじっと見てみると、うっすらと見える別の教官が、こっちを見ていたりしてギョッとします。

と、ここまで何だかツライことばかり書いてしまいましたが、楽しい事もあります。やはり訓練をやり遂げた後の達成感は、感動でした。2週間のエマージェンシー訓練(緊急脱出訓練)も楽しかったです。覚えることはたくさんありましたが、体を動かすことが多いので気分的に楽しくなります。2週間終えた時は、教官も一緒に涙を流してくださるほど、感動します。そして、最終的に2ヶ月の訓練を終えた後に、無事訓練を終えた証として、左胸に名札を教官につけていただくのですが、あんなに感動するとは思いませんでした。とても嬉しかったのを覚えています。

次に乗務し始めてからのお話をしたいと思います。

実際に乗務して、まず先輩方のスピードについていけず焦りました。先輩方は何をするにも早いのです。例えば、機内に乗り込んだら、まず自分自身の荷物を収納するのですが、私たち新人は、限られた狭いスペースのどこにしまえばいいのか、途方に暮れます。少し経てば慣れるのですが、もう既に機内に乗り込んだときから出遅れているのです。当時は、少しでも遅れないようについて行くので精一杯でした。「早くしなきゃ・・・」と気持ちばかりが焦り、ミスを生み、悪循環です。出来ないのが当たり前!と開き直ってはいけないけれど、焦りはもっと良くないものだと思いました。いまだについ焦ってしまいがちですが、とにかくワンクッションおいて、自分を落ち着かせる事にしています。
 
業務以外のことでは、不規則な生活にも慣れないといけません。私の朝一番早い日は、AM2:30起きです。深夜番組を流しながら支度をし、タクシーに乗り込むと気分はドナドナです。AM2:30という超人的な時刻に起きるのは、きっと何年経っても慣れないと今から確信しています・・・。起きなきゃ!というプレッシャーで眠れない事も多いので、朝イチの時はみんな寝不足です。かと思えば、夕方に出社する日もあります。大変だな、と思う時もありますが、私はこの不規則な生活が好きです。曜日感覚は鈍りますが、毎日同じ時間に起きて、週休二日という生活よりも自分のペースに合っている気がします。
 
仕事には、今は多少慣れてきたものの、短期間に失敗やアクシデントをたくさん経験しました。自分の出来なさ加減に情けなかったり悔しかったり、落ち込んだり、毎フライトが勉強です。しかし、ドタバタ奮闘記を繰り広げつつも、やはり実際に乗務することは楽しくてしょうがない、という感じです。お客様の嬉しそうな顔は、本当に疲れも吹っ飛びます。特に、降機時にお客様から「ありがとう」と言ってもらえると、次もがんばろう!!と思えます。どんな仕事でも同じだとは思いますが、このお仕事は、がんばればかならず目に見える形で返ってくると感じています。それはつまりお客様の笑顔であったり、言葉であったりですが、とても分かり易い形で返ってくるので、その分やりがいがあります。まだまだ勉強中の日々ですが、もっともっと自分の思い描くような客室乗務員になれるように、これからも楽しく乗務していけたら幸です。

ラインアウト・・・Line Out 訓練を終えて一人前として現場に出ること
デモ   ・・・Demonstrationの略 救命胴衣の着用方法を旅客に案内すること

国内線乗務 Y生
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仕事も、育児も・・・

私がスチュワーデスになりたい!と思ったのは
大学3年生のときでしょうか・・・

電話の24時間案内テープで、受験要項を聞き、
初めてスチュワーデスマガジンを買い、
そこで紹介されていたスチュワーデススクールに、
週1回3ヶ月のカリキュラムで通うことにしました。
もちろん、このようなスクールに入る必要はないのですが、
同じ学校にOGもいなくて、当時は、まだインターネットもない状態で、
情報も少なかったので、何かやっていないと落ち着かなかったのでしょうね。

いまでも運動が大の苦手の私ですが、当時は、受験のために、
大学のラグビー部員に混じって、体育館で筋肉トレーニングをしたり、
水泳部員に混じって泳いだりもしました。

合格した時の嬉しかったこと!
乗務してみると・・・きつくて大変な仕事とよく言われます。
確かにそういう部分もあります。これは私個人の意見ですが
それを上回るくらい華やで、楽しい先輩がたくさんいるすてきな世界でした。

入社して5年で結婚し、2年前の冬に出産しました。
女性として生まれたからには、子供を産みたいし、
そう思える男性と出会って結婚したつもり(?)なので、
休職に入ることに、不安はありませんでした。
女性の職場だけあって、育児休職制度も恵まれていますし、
復帰が保証されているのは、本当にありがたいと感じました。
夫も、私の仕事を理解してくれる人ですので、
出産で、退職しようとはまったく思いませんでした。
私の母は専業主婦で、人生の生きがいが子供の成長というような人です。
どこかで、母とは違う生き方をしてみたい、という気持ちがあったのかもしれません。

子供が一歳になるのを待って、職場復帰しました。
休職中の専業主婦生活は、育児の大変さを除けば、
季節を、毎日肌で感じて、規則正しく三食たべて、毎晩家で眠ることができて、
という当たり前のことが、すごく新鮮で、のんびりできる、
それはそれで、健康的な生活なのでとても気に入っていました。
でも、ふと見上げた空に飛行機が飛んでいたりすると、
あぁ、飛びたいなぁ。と思うんです。
でもかわいい我が子と、何日も離れた生活なんて出来るかしら・・・と、
とても不安で、スチュワーデスという仕事じゃなかったら
毎日会えるのに・・・と思ったこともありました。

でも、いざ飛んでみると、育児で過ごした年月よりも、
乗務生活の方が長いせいか、不思議と、一人でホテルにいても
違和感を覚えません。
逆に、夜泣きや早起きを気にせずに、好きなだけ寝ることができたり、
育児休職中には考えられなかった、
一人で気ままにショッピングに行ったり、のんびり外食したり、とか
そういうことが出来て、ストレスも吹っ飛ぶのです。
ずっと家にいたころは、育児で疲れていたのか、イライラして夫と喧嘩していたのに、
それもなくなりました(笑)

休職したことで、仕事のありがたみを感じたり、
仕事に、子育ての経験を活かせるようになったり、
フライトも、より楽しめるようになりました。
以前は、子供連れのお客様のお世話も、マニュアル通りのことしか出来ませんでしたが、
どうして差し上げたら良いのか、今は手に取るように分かります。
そして、お子様づれのお客様に喜んでもらえるのが、とても嬉しいのです。

子供を産むと、腹がすわるというのか、ちょっとくらいのことでは、
クヨクヨしなくなり、おおらかな気持ちでいられるようになりましたので、
以前より気持ちよく仕事をしています。
もちろん、これは私がいない間、保育園のお迎えや
家事と育児を代行する夫の協力があってのことなので、
夫にはとても感謝しています。
感謝の気持ちも、離れている時間があると、素直に言えたりするんですよね。

これからまたもし、妊娠することがあっても
必ず復帰して、できることなら定年まで飛んでいたい、と思っています。

休職して、現場や会社から離れて、初めて感じた事があります。それは、
なりたくてドキドキしていた頃、自分が思い描いていたスチュワーデスに、
今、私はなっているだろうか、ということです。
いくつになっても、背筋を伸ばして、きちんとメイクして、
子育てで忙しくても、フライトの前にはネイルケアをして出かけたい。
そして、機内では、我が子を保育園や夫に預けてまで仕事しているだけの
サービスをしていたい。
そして人間として魅力的でありたい。
だって、私が憧れたスチュワーデスとは、そういう人のことなのですから。

私にとって、一番大事なのは家族で、仕事は食べていくための手段です。
でも、その仕事を愛することができたら、人生豊かに過ごすことができると思うのです。
スチュワーデスを目指すきっかけは、私のように憧れでもいいと思うので、
これから受験する皆さんには、ぜひ前向きに、
初心を忘れずにがんばっていただきたいと思います。

日系 国際線乗務13年 T子
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ニューヨーク 2003年冬

真夏のブラジルーサンパウロへ行く途中の寄港地、ニューヨークは今、真冬気温3度です。イラク問題で、物騒がしい時と、いわれていますが、マンハッタンの町を行く人々は、いそいそと早足で、≪いつものニューヨーカー≫であり、この国が戦争を控えているとは、全く感じられない様子です。

少しだけ違うのは、町にSecurity Officer & Police Officerが多いこと。そして、買い物好きの私が実感したのは、デパートを含めたお店に入ると、どこのお店も≪身体の大きな、大きなノッポの警備員≫が、いるということです。

"Passengers should be treated by the potencial terrorist."と、今、CNBCのテレビニュースで言っていました。飛行機に乗るときの、Security Checkは、大変厳しいようです。

私達乗務員も、コート、ジャケット、ベスト、おまけにベルトに靴まで脱がされて(?)Security Checkゲートを通るのです。機内でのサービス中は、お客様に絶えず話し掛けているので、取れてしまった口紅をサッとつけられるように、制服のポケットに入れている口紅&鏡も、忘れずにショルダーBAGに入れておかないと・・・ブザーが鳴ってしまいます。

機内持ち込みのパソコンも、起動させられてチェックを受けるということなので、パソコンを携帯している私一人だけ時間がかかってしまって、他のCrewに迷惑がかかるといけないので、思い切って、チェックインBAGに入れてしまおうと思っています。

NYC便というと、これは、誉れ高き日本のBusiness Manが多いフライトで、サービスする上で、粗相のないようにと、大変気を使うフライトの一つです。そして、私が乗務してきたのはニューヨーク経由サンパウロ便−−−夕方18時45分に成田を飛び立ちます。

この便に乗るお客様は、ニューヨーク行き便のお客様とは、ガラリと変わって、日系ブラジル人2世、3世のお客様が多いフライトです。見かけは日本人ですが、日本語は今ひとつぎこちなく、母国語は、ポルトガル語です。生まれて、間もない赤ちゃんを連れて里帰りする、若い日系ブラジル人夫婦や、 70才をとっくに過ぎたと思われるような老夫婦も多いのです。また、成田を出る時に、一人涙に暮れている女性もいました。

失業率が高くなってきた日本での、移民ブラジル人の仕事が、顕著に少なくなってきたと、TVで見たことがあります。多分、日本を引き上げて、故郷ブラジルに帰るのでしょう。いろいろな世相を反映した、考えさせられることの多いお客様が、いらっしゃるフライトです。

昨日、成田ーNYCのフライトでの出来事を、お話しましょう。
エコノミークラス、一番後ろのCompartment(客室)での出来事です。サービスが終わって、私達が、順番にギャレーの中でお食事をしている時、アメリカ人が、ギャレー横の非常口の所に、<苦虫潰し顔>で、立っていらっしゃいました。

 "Is everything all right, Sir ?"
と、さりげなく話したら、
 "Todays's flight is so many babies, I can't sleep at all !!!"
と、まるで、英語の教科書に出ているようなことをおっしゃったのです。

担当の、責任者乗務員に聞いたら、
 「確かに通路を挟んで、両隣に赤ちゃんがいる席にお座りです。
                    でも、サービス中は、文句もおっしゃらず、普通でした」
しかし、当のお客様は、
 「もう残りのフライト中は、席に戻りたくないから、
                     自分の席には、座らない!ずっと、立っている!」
(あと、9時間も残りのフライトタイムがあるときにですよ!怒りのあまり、ダダッ子になってしまいました)、おまけに、
 「ビスネスクラスに空きがあるなら、そちらに座らせて!」と。
(きた、きた、きた!! クレームを言い始めたお客様の次に発する言葉。このフレーズが多いのです) (代金さえいただけば、お座りいただけるのですがーーこの手のお客様は、代金など払う気持ちは、全くないのです)

(だ、か、ら、エコノミーに30席の空席があったんだから、赤ちゃん達のそばのお客様は、優先的に空席に移さないと!! フライトの前のブリーフィングで、みんなで、同じ見解で仕事をしましょう!と、言ったじゃあないの・・・)と、後輩のしたことに少しばかり不満をもった私ですが、担当の Compartment(客室)が決まっている以上、あんまり口を出すことも憚られ、担当責任者のすることを見守っていました。

結局、出張で乗り合わせた社員が、エコノミークラスにいたので、その人たちにお願いして、席を替わってもらい、上手くアレンジ出来て、お怒りの当のお客様に、2席を作り、そこにご案内したのでした。
(パッピー、ハッピー♪)
NYCジョン・F・ケネディー空港に着いたときには、このお客様は、元気にニコニコ降りて行かれました。

そう、気持ち良くお客様に飛行機を降りていただくことが、我々のミッション・・・使命なのです。ちょっぴり、気障なことを言ってしまいましたが・・・。今日の報告は、この辺で。   
明日の夕方、サンパウロに発ちます。
その時のフライトのことは、また、後ほど・・・。

国際線現役マリリン
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スチュワーデスの仕事は人生塾

こんにちは、
私はスチュワーデス歴12年の夕城といいます。

スチュワーデスになり立ての頃は、経歴の長い先輩たちを見て、そんなによく飛べるものだなぁと思っていましたが、あっという間の出来事でした。
それは ひとつには、私達の生活パターンがあります。
月ごと、大小差はありますが、国際線ですと 5、6回のフライトをこなし、又、次ぎの月のScheduleを、今度はどこの路線を飛ぶのか、と心待ちにするわけです。
スチュワーデスの仕事は、ご存知の通り、お客様を目的地まで快適にお運びすることです。その中には、いろいろなドラマがあります。様々なお客様、いろんなシチュエーションをかかえながら、決まった時間内に全てを終らせ(クリアにし)着陸するわけです。しかもその中で、最高のひとときを提供していくのが、私達の使命なのです。

私は スチュワーデスという仕事から たくさんの事を学び、そして素晴らしい経験を浴びるほど得てきました。例えば お食事のサービスで・・・。
早く召し上がりたい方も、ゆっくり召し上がりたい方も、しかも温かいものは温かく、冷たいものは冷たく、サービスしなければならないわけです。ギャレイ (Galley)と呼ばれる機内の台所では、戦争なわけです。しかも一旦、お客様の前に出たら、優雅に、にこやかに・・・です。

仲間との連携プレーも重要になってくるわけですが ここで私は、“要領”というものを学びます。頭の中で考えるわけです。何が今1番大切か、そして、つぎの行動は?その行動パターンは、今の私の生活にも息づいています。

長いフライトの中には、忙しい時間だけでなく、お客様も退屈なさる時間があります。私達はその時間を、“アイドル・タイム”と呼んでいます。その時間も私達の腕の見せ所なんですね。 旅慣れたビジネスマン、飛行機旅行が初めてのおじいちゃん、おばあちゃん、子供達、病人から大会社の社長さんに至るまで、皆さんを快適に、時には、喜ばせてあげなければなりません。自然と臨機応変に話し上手、聞き上手になってきます。
私生活でも そのくせが抜けないのか、どうもサービス精神旺盛になっていますが、そうなって悪いことは何一つとしてありません。おかげで、友人も沢山できました。

目的地に到着すると、そこには、非日常の世界が広がります。もちろん、フライトに支障をきたすような無理なことはできませんが、その土地、土地の空気に触れることは私達の特権なのです。

さぁ、Parisに着きました。

食と文化の素晴らしいこの土地で、本物のフランス料理、本物の芸術を味わうのです。本物に触れるということは どんなLessenを受けるよりも、いち早く自分のものになります。本物によって、感性が磨かれるからです。料理人だって、おいしいものの味を知らなければ、素晴らしいものは作れませんよね?そして、インド、タイ、何処に行っても ホンモノと交わるのです。

そんな中で、自分なりの意見が生まれ、時には、それぞれの素晴らしいものをかけ合わせてみたりして オリジナルな世界を作り出すこともできます。私達が“正しい”のではなく、それぞれの国の文化や習慣・マナーも、また、それぞれに正しいのです。自分たちと異なっていることを知り、尊敬の念を持てるようになったら、しめたものです。自分のいる国、日本の事がよく分かってくるでしょう。

スチュワーデスという仕事は、生活リズムのせいか 自分をしっかり持っていないと流されやすいという性質もあると思います。それででしょうか?スチュワーデスには、勉強好きが多いです。皆、何かをしています。そして、仲間と影響し合って、さらに深めたり、新しいものを発見したり、とってもいい環境です。私もその勉強好きの一人ですが、今は 誰が聞いても知っている“ソムリエ”の勉強を8年程前にしました。

その当時は、テキストを広げていても、“何してるの?”と聞かれる時でしたが、もともとワイン好きだった私は、いつもワインリストを見ながら、“自分で選べたらいいなぁ”と思っていました。ある時、何かの雑誌で、ソムリエを受験するには 「サービス業に5年以上従事していること」とあり、私には資格があるじゃない、しかも ファースト・クラスでも自信を持ってワインをお薦めできる!これだっ!それから猛勉強が始まりました。幸い、仕事先のHotelで、静かにゆっくりと集中できる時間があるし、本場でワインを飲むことも出来ます。
 
機内で、自信を持ってお薦めします。お客様は、“さすがよく知ってるね”と言ってくれます。嬉しいですよね?こうなったら、よいサークルの始まりです。今でも、友人を家に招待しても、手作りの料理に合わせて、ワインを振舞っています。フランス人もうならせますよ。(笑)
 
先程も述べましたとおり、毎日に流されやすい部分もありますが、自分さえしっかり前向きで、好奇心を忘れないでいれば、いろんな事を吸収していくには、最高の環境です。その後、私自身は、ワインだけでなく、フランス文化をもっと知りたくなり、会社に休職願いを出し、一年間のパリ暮らしも経験できました。

スチュワーデスとして、努力し経験してきたことは、そのまま自分の糧になるのです。どうか、この仕事を目ざす皆さん、サービスのプロフェッショナル、仕事と共に成長していく自分を思い描いて、がんばってください。そんな皆さんを私は心から応援します。

国際線 乗務経験12年 夕城
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スチュワーデスとは?

スチュワーデスというとどういうことを想像しますか?
たとえば、OLとはどこが違うのか、
自分のどこがスチュワーデスに向いているのか考えたことありますか?
私がスチュワーデスになる前に思ったことと、
実際、仕事をしてからのギャップを少し並べてみました。

@ 色々な国へ行くことができる  
                ⇒  行きたくない国にも行かなくてはいけない

A たくさんの人々に出会える (含 有名人!)
                ⇒  会いたくない人(ヘンな人)にも出会える

B 各国のおいしい料理が食べられる
                ⇒  一人寂しく食事をするときも多々ある

C 毎日定時に出社しなくてもよい
                ⇒  朝3時に起きて仕事する
 
<解説>

@ 「いろいろな国に行くことができる」

まぁ、これは、皆様もそう思ってるでしょう。
「スチュワーデスだったら・・・!」とよく言われることですね。
半分事実ではあります。でも、その航空会社が持っている路線の国へのみ行けます。(仕事でという意味では・・・)
色々な国へ行きますが、観光する時間のないところがほとんどです。
しかし、スチュワーデスはタフなのか、タフだからスチュワーデスになるのか、観光へ行きます!強行軍です。タフな人でないとついていけません。
(今から体力だけはつけておいてくださいね。)
その一方で、治安の悪〜い国や衛生的に不安なところへも。
これは業務命令ですので、イヤといっても許してもらえません。
まぁ、衛生面の感じ方は、個人差がありますから、問題になりませんが、
治安の悪い、情勢の不安定な国はホント恐ろしい。
なるべくホテルから外出しないようにするか、
大勢で行動するようにしています。
気をつけていても、事件に巻き込まれることもあります。
(これはもう自分では気をつけていてもダメなときもあります)

A 「たくさんの人々に出会える」

すごい人数です。毎日1500名近いお客様をお迎えするときも。
色々な人が乗ってきます。有名人やら、外国人やら、老若男女!
さらに、同乗する乗務員の数といったら!是非、スチュワーデスになってびっくりしてください。人間の運命というか、ホント、一期一会を実感します。
初めて会う乗務員とも、力をあわせてフライトをこなさなきゃいけません。
これは結構、「技術と根性」がいるような気がします。
まぁ、お客様も初めて、同乗クルーも初めて「会う」という状況で、仕事をするのは、ひどく心細く、とまどうこともあります。
でも、心配することはありません。すぐにそういう状況に慣れる自分がいます。(あれ?これも個人差か?)
そういうときに一番大切なのはコミュニケーションです。
自分はどういう人間なのかを、瞬時に表現できるコミュニケーションや相手(同僚・お客様)の欲していることをすぐに察知できるコミュニケーションです。
(アナタはそんなコミュニケーションを持っていますか?)
素晴らしい人にもたくさん出会えます。
人生の師と仰ぎたくなるような人々にも!
しかし、中には、こちらとまるっきりコミュニケーションがとれない人もいます。
どう努力してもダメなときもあります。そういうときはあきらめましょう。
(ここでガンバってしまうとストレスになってしまいそう)
でも、この仕事をしていると、さまざまな形でやりすごしていくうちに、技術が
分かってくるようになります。その過程は苦しいモノですが、できると視界が
急に開けたように、明るくなります。
(RPGと一緒ですね、経験値をためて強くなる・・・経験値も上がらないまま先に進もうとすると、後で、ボスにやられてしまいますね。ん−自戒)
変な人、気の合わない人とも、あの狭い密室で過ごさないといけません。
どこにも逃げるところはないのです。立ち向かうしかないのです。
キレル人、病人も出るし、無理難題をふっかける人も。
そのやり方は人それぞれ。
ホント、人のつきあい方の「技術」と、それを手に入れるまでの「根性」が必要!(ココが一番、スチュワーデスになってつらくもあり楽しくもあるところかな)

B 「各国のおいしい料理が食べられる」

食事は、海外旅行での楽しみの一つでもありますね。
その国のおいしい食べ物。
日本にある各国料理のレストランにも、おいしいモノがたくさんありますが、
現地で食べるそれはまた格別です。
スチュワーデスはホントよく食べる!さらによく飲む!
最初に、先輩たちと食事に行ってなにが驚いたかって、食べる量、飲む量です。
一種のカルチャーショックです。
こんな細いのになぜ・・・?そのうち身をもって感じますよ、お楽しみに!
さらに、先輩たちの知っているお店は、どうして、おいしくて安いところが多いの?と、最初は、不思議に思っていましたが、ネットワークがすごい。
何千人のスチュワーデスが集めてくる情報量です。もちろん、少しずつ更新されて、自然淘汰されていきます。スチュワーデスに流行る店は大繁盛とか。
あの量を食べるスチュワーデスが、毎日来れば、儲かるのもうなずけます。
自分でお店を発見したり、失敗するのもまた楽しいモンですけどね。
さらに、先輩たちと行く食事は、
「え、あんなに怖い人なのに仕事を離れると優しい人だったとは!」という
発見もあります。食事を共にするということは、人と人との間をスムーズにするんだなぁ、と思ったことも度々・・・。
(苦手な相手だったのに、けっこう仲良くなったりする!)
反対に、誰も気の合う人がいなかったり、体調が悪くて、一人で食べるときは、お部屋で「ルームサービス」という手もあります。
初めてルームサービスを頼んだときは、寂しいものがありました。
部屋の鏡にむかって、TVを見ながら食べる。あまりのわびしさに、今はよっぽど理由がない限り、頼まなくなりました。
ホテルにあるコーヒーショップへ、一人で食べに行きます。寂しい反面、気楽なところもあります。好きな時間に食べることができて、自分が食べ終わったら、さっさと部屋に戻って休養。一人でご飯を食べられない人は向かないかも?

C 「毎日定時に出社しなくてもよい」

毎日、定時に出社しません。月の半分は、海外もしくは国内のどこかへ。
満員電車に揺られる日なんて数えるほど。
国際線では、出社する回数は、月に4〜5回ぐらいでしょうか。夕方からの出社もあり、
昼まで寝ていられます。わー、すごい。
が!そうは言っても、人間的でないくらい、朝早起きするときもあって・・・。国内線の朝一番の便がそうですね。早く寝ようと思っても眠れないし、
徹夜でフライトなんていうのは、結構あります。やっぱり、体力勝負です。
これは、どちらがいいかというのは、ひとそれぞれです。昼まで寝ていられる日もあるなら、私はこちらが好きです。泊まりがけの大きな荷物を持って、満員電車に乗るとしても、毎日、朝、定時に起きて電車に揺られるよりは、
たまに満員電車、たまに非人間的な早起きのほうがいいような・・・。
朝3時に起きたって、お客様の前では、おくびにも出さず、
笑顔!
明るい挨拶!

さて、覚悟はできましたか?スチュワーデスになるためには、語学力も親しみやすさも大切ですが、もっと大切なものもあります。それは、あなた自身で探してみてください。本当に奥が深く、自分を成長させてくれる職業ですよ。

国際線 乗務経験9年 M穂
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ソムリエと利き酒師と私

スチュワーデスの中に、“空とぶソムリエ”がいるのをご存知でしょうか?

ソムリエの資格を有するには、23才以上で、飲食、サービス業で5年以上の実務経験があり、現在も従事している人が対象で、毎年1回、8月末ごろに行われる試験をクリアーしなければなりません。

一次試験は、筆記のみ120分で100問を、最低ライン70点でパスし、約2週間後、パスした人のみ二次試験に進み、口頭試問とデギュスタシオン (利き酒)に加え、実技試験(サービス実技・デカンタージュ)があります。飛行機のファーストクラスには、常にセレクトされた高級ワインが多くあることから、ワインの知識をさらに深めていきたいと、この資格に興味を持つ人が多いようです。

もともとワイン愛好家である私が、この資格にトライすることになったのは、自分の知らないワインの世界が、知らないということだけで見逃され、実は損しているのではないか・・・と思い始めたからです。これは、ワインに限らず、どの世界にも共通して言えることかもしれません。しかしながら、勉強となると、好きなワインを飲んでいる喜びとは違い、非常に大変でした。学生時代の試験の時でさえ、これほど勉強した覚えはありません。

まず、ワインのぶどう品種を覚えるだけで、白赤品種合わせてざっと100種以上、一品種を覚えたら、もれなく2,3種ついてくるのです。というのは、国や地方によって呼び名が変わったりするからです。ちなみに有名な品種で例をあげると、

― 赤ワイン ―

ピノノワール種(Pino Noir) = グロノアリアン (Gros Noirien) (仏) Jura地方
              = シュペートブルグンダー (Spatburgunder) 〈独〉
マルベック種(Malbec)    = オーセロワ (Auzerrois) 〈伊〉
               = コット (Cot) (仏) Cahors地方
カベルネフラン種(Cabernet Franc) = ブルトン (Breton) 〈仏・Chinon地方〉
 
― 白ワイン ―
 
ソービニヨンブラン種 (Sauvignon Franc)
              = ブランヒュメ (Blanc Fume) (仏) Loire地方
              = ヒュメブラン(Fume Blanc)

になってしまうのです。最初は、原語に踊らされて、目も頭の中もくるくるしてしまいますが、粘り強く見ていると、だんだんに慣れてきてしまうのが不思議です。
 
国別にとれるぶどう品種も違えば、できるワインのタイプや歴史も法律も異なるので、仏・伊・独・亜など10数ヶ国の分も覚えるとなると、気が遠くなります。しかし、今は、ソムリエ試験対策講座や教本がたくさん本屋に出回っています。それらをうまく活用し、私は自分なりに、国別でまとめた資料をつくってみましたが、大変効果的でした。(実際、まとめ作業に約2週間かかりましたが・・・) とにかくまず、筆記試験にパスしないことには始まらないので、皆、それなりに苦労していたようです。

つらいつらい話ばかりになってしまいましたが、資格を取ってからというものは、実に優雅であります。まず、仕事での利点は、どのワインでも、自身をもってサービスできます。というのは、いろいろおっしゃるお客様に、あるワインの欠点を指摘されても、長所の部分も知っていただくなどで、対応できるようになったことです。ワインがすべてではありませんが、ある一つのきっかけからお話をするようになって、お客様とコミュニケーションがとれるチャンスがうまれるようになりました。知識とプライドを持ったお客様には、同等のレベルで接して差し上げなければ、相手は決して満足しないのです。

ファーストクラスを担当したある便でのお話です。

 「ワインが美味しいからお宅の飛行機に乗ったのに、
   どうして、前に載せていたワインをやめて、この銘柄になったの?」

とおっしゃった方がいらっしゃいました。この件に関しては、内心、“ちょっと手ごわいなー”なんて思いましたが、ひと通りお話を聞いた上で、
 
 「お客様、〇〇村のワインがお好きなんですね。タンニンと香りのバランスがとれた
  よいワインで、 私も大好きです。あのワインは、確かに良かったのですが、
  お客様のように、よく飛行機にお乗りになられる方に飽きられないよう
  に、数ヶ月に一度、少しずつ種類を変えています。今、お飲みのワインは、
  華やかさは、前の〇〇ワインよりは欠けますが、等級は第2級で、もう少し
  時間がたちますと、しっかりとしたタンニンの中に、気品ある香りがあがっ
  てきます。お肉にたいへん合いますので、お楽しみください」

とご案内しましたら、後になって、
 「本当に美味しくなってきたね。ありがとう」
と言っていただきました。それから、
 「家には、2000本以上のワインストックがあるから、ぜひ、遊びにいらっしゃい」
とまで言ってくださいました。お誘いの方は、にっこり笑って逃げてしまいましたが、要は、クレームが吉に転じた例になったわけです。

ワインのみならず、ファーストクラスには、高価な日本酒も搭載されています。日本酒の世界も、奥が深く、昨年、利き酒師の資格も取りました。今度は、焼酎アドバイザーにもトライしてみようかしらと考えています。(笑)

何事も見聞を深めようとするのは、その世界を知ることだけではなく、常に、ものごとを前向きにとらえようとする力も身について、まさに一石三鳥?ではないかと思います。

スチュワーデスをめざす皆さん、あなたはどんな素敵なスチュワーデスになりたいですか。
是非、がんばってくださいね。

国際線 乗務経験12年 C夏
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