パリ・ニューヨーク通信

 

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マレーシアに住む外資CAのりえさんに、乗務にまつわる話や外国での生活

そして日々のできごとを書き綴っていただきました。

魔法のフルーツ これで治る!? 大いなる悩み
一度のフライトで二度泣きました Blue Lagoon(友達への手紙) 過ぎたるは・・・(飲み水の話)
苦あれば楽あり・・・のフライト 進化論 異文化いろいろ
インド線ものがたり! アンコールワット 一人旅 白いことはいいことだ?
格安航空会社搭乗体験  一生懸命なクルー 一時停止
現役CAの悩み  謙虚な日本人、英語が苦手 紙コップの中がいっぱい
断食期間 あっぱれ、ものづくり大国、日本 タクシーについて
なんて言っているんですか! 運転云々 スチュワーデスさん
台所での喜劇 染みネタ 南の海で
年越し、正月に思うこと レストランにて思うこと 救難訓練
神様に近い都市、ラサ アジアのゴミ事情  
涼しくなる話 ギニア人と結婚  

☆ 魔法のフルーツ ☆

運動して、お水をたくさん飲んで、それでもダメなら・・・って、効かない。効きません。私の頑固な便秘には有名メーカーの某、超有名ブランドの薬すら効かないのです。そういえば遠い昔、使い始めた頃は効いた時期もあったのですけれど、常用していたら効かなくなってしまいました。溜まる女になってしまった女、私は一体どうしたら良いのでしょう。

そんな私に一条の光が差したのは、先輩クルーの一言でした。
「りえさん、便秘で悩んでいらっしゃるの?」
「ええ、もう、悩んでいるどころではありません。頭の中までう○○でいっぱいですよ。どうやって排出するか、始終考えています。外からわかるくらいお腹が張り出て、ビールが好きなのか?と聞かれるくらいです。出してしまえばひっこむのですけれど・・・」
「それは大変ね。ねぇ、赤いドラゴンフルーツを試してご覧なさい」
「出るんですか?」
「丸ごと召し上がれ。するっと出ますよ」

パパイヤはダメだった。日本で販売している薬はいろいろ試したけど効かなかった。通販で『コーヒーーで腸内洗浄』器具なるものを購入し、逆立ちまでしてもだめだった私が、溜まらない女になるためには、いよいよ絶食でもするしかないのか、と真剣に考えていた矢先の話。私は食べることが好きなので、絶食など、本当はしたくない。レッドドラゴンフルーツ、試さない手はありません。日本ではけっこういいお値段で売っているらしいこのフルーツ、この国で探して見たら、日本円で・・・200円以下。お値段もお手頃ではありませんか。

さて、冷蔵庫で冷やしたレッドドラゴンフルーツを朝食にいただいた私は、飲茶を食べに行く。ハイティーをいただく。そして、夜はフレンチをデザートまで食べるのだ。しかし、家に帰って、就寝時間になろうとも、私のお腹は、“うん”とも“すん”とも言わなかった。なぜだ?やっぱり人によるのかしらね。先輩には合っていたかもしれないけれども、私にはダメだったのか。残念である。なにせ、今日摂食した分は、すでに目視できるほどの成果になっている。残念無念。仕事前にはお腹をスッキリさせておきたかったのに・・・。

しかしながら、翌朝目覚めると待ちに待った便意が!?そう、先輩の予告通り、するっと!!おお、なんてこと。何年かぶりのスッキリ具合に、仕事もはかどります。ルンルンで帰ってきた私は、再びスーパーへと足を運び、今度は一つだけとは言わず、大量にレッドドラゴンフルーツを買い込んだのです。その日以来、毎朝、毎朝、1日も欠かすことなく、魔法のフルーツを食べ続け、私のスッキリ生活が始まった。もうこのフルーツなしに生きてはいけない。

さて、スッキリ生活を初めて、一ヶ月も経った頃だろうか。便秘が解消されて気持ちのよい健康的な日々を送っていた私の身体に異変が!?私ももう三十路過ぎですもの。自分の健康が気になるお年頃。健康診断、大歓迎。オーガニック料理だってもりもり食べます。それなのに、それなのに・・・健康には人並みに気を遣ってきたつもりなのに・・・。
「せんぱ〜い、どうしましょう。お小水の色がロゼです!!」
「あら、それは大変ね。最近スケジュールもキツいし、りえちゃん、いくつだったかしら?」
「30過ぎていますよ。」
「そう。りえちゃん、30を過ぎたら、小さなことでも異変を感じたら、産婦人科よ。日本に

  着いたら、早速、行っていらっしゃい」

普段、病気知らずの私は病院で怯えていました。お小水の色がピンク色で・・・と、説明すると、採尿検査に相成りました。何故か、出て欲しい時にピンク色のお小水が出てくることはなく、超音波検査で、腎臓までチェックしたのに、「えぇ?、腎臓は綺麗ですね。特に暴飲されているわけでもないようですし・・・、ピンク色の尿が出たと言うことですが、今回からの検査では何も異常は見つかりません」という診断結果であった。異常がないのは喜ばしいが、不満である。この医者は私が幻覚でも見たと思っていたのだろうか。
  「あのぅ・・・でしたら、昨日のピンク色は一体??」
  「わかりません」
仕方がない。あの時ピンク色でも、今ピンク色のお小水が出せない限り、私にロゼを証明する手だてはない。なんだか、本番で実力を発揮しきれなかったスポーツマンのようである。あの時のタイムがなぜ今出ない??

先輩には異常がなかったことを報告し、仕事を終えた私は、次のフライトで、レッドドラゴンフルーツを紹介してくれた別の先輩と仕事をすることになった。
「あれ、試しましたか?」
  「はい、試しました。効果抜群ですね」
「そうでしょう。てきめんよね」
「どうしたの?」
「こないだ、ピンク色のお小水が出たんですよ。働き過ぎなのかと思って、病院に行った

  ら何ともないって言うんですよね。でも、確かにあの時は・・・」
  「おかしいわね。・・・りえさん、レッドドラゴンフルーツは毎日召し上がっていらっしゃるの?」
「はい。あれがないと、正常な腸内環境が保てませんから・・・」
「そう。あのね、りえさん、言い忘れていたけど、あれ、食べ続けると、ピンク色のお小水

  が出るのよ。便もドラゴンフルーツ色になるでしょう?」
「え!?そうなのですか?」
そういえば、そういえば・・・あいつを食べた後の便は、見事なショッキングピンクだった。まさかお小水にまで色がつくとは、思いもよらなんだ!
「ええ。りえさん、病院に行くほど心配していたのでしょう?ごめんなさいね、もっと早く

  言っておくべきだったわ・・・」

魔法のフルーツ、お試しになる方は、「出るものがすべてピンク色になります」ことをご了承くださいね。

塾長より

大腸ポリープ摘出手術を2回受けました。幸い、2回とも良性でした。大腸ポリープを早期発見できたのは、2回とも、便秘をキッカケに大腸検査をしてもらった結果です。

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☆ 一度のフライトで二度泣きましたの巻 ☆

さて、今日会ったアジアンビューティーは、4人組の女の子。お揃いのバジュ(染め物生地で仕立てたドレス)を着て、離陸の時に、4人で並んで手をつないで座っていました。フライトも終盤に近づくころ、彼女たちが、日本語で話しかけてきたので、ちょっとお話をしてみました。

彼女たちは今21歳。19の時に、つたない日本語のまま、日本に旅だって、3年間、 のりの製造業にたずさわってきた。お金を貯めて、今日、3年ぶりの帰国なんですって。

・・・泣ける。
19の身空で、言葉のよくわからない国に行って働いて、3年も帰国しないで働いてきたなんて・・・。彼女たちの日本語はなかなか達者で、多分日本でいろいろと苦労をしたんだろうなぁ、と思う。私だって、慣れない国で生活し始めた時は大変だった。私は、自分でしたくてこの仕事を選んで来たけど、この子たちは家族のために働きに来たのね。まだこんなに若いのに・・・。
 −可愛いねぇ。じゃあ、おばちゃんが、いえ、お姉さんがおつまみでも包んであげる。

   ほれ、もって行きねぇ。
 −ありがとうございます。
と言う彼女たち。うん、礼儀正しくてよろしい。

しばらくして、また彼女たちの席近くを通りかかったら、「ちょっと、ちょっと」と、呼ばれたので、何かご用かと思って近づいてみると、女の子の一人が私の手を取って、「どうぞ」と言って、ビーズの指輪をはめてくれたの。
 −これ、大事なお土産なんでしょう?いいです、いいです。
と、遠慮したのだけれど、向こうも「いいんです、いいんです。」と言い返す。


『いいです』の応酬の後に、結局、彼女たちの好意を私は受け取ることにして、ギャレーに戻った。もらった指輪は、ビーズ細工が好きな人なら、だれでも作れるくらいのものだったんだけど、見れば見るほど胸がじんとする。3年間、お金を貯めて、家族にお土産も買って、しばらく会えなかった友だちや親戚縁者にも・・・って、『高いなぁ』って思いながら、きっと一生懸命選んで買ってきたものを、私にくれるの??なんて気前がいいの。

 アリガトウ、アリガトウ。

「ねぇ、見て、これ、あの子たちがくれたの」
と、言ったのは、別に見せびらかしたいからではありませんでした。前述のように、彼女たちのやさしい気持ちがうれしくって、見せたのですが、これを言ってしまったのが運のつき。

しばらくしていたら、同じ客室で働いていた本国人Crewが色違いの指輪をしていた。
あら、彼女も、もらったのかしら?と、思ってふとCrewたちのほうを見ると、
別のCrew(彼女たちは別の客室担当)が、何事か話している。指に指輪。

 −ち ょ っ と 待 っ て !?
   ねぇ、その指輪・・・
 −うん、もらってきたの。私、娘がいるから喧嘩しないように、二人分もらった。
 −はぁ?


もう一人のCrewが戻って来た。
 −ねぇ、その指輪・・・
 −冗談で「ちょうだい」って言ったらくれたわ。

 な ん な の!?

出稼ぎで一生懸命働いて来た女の子たちのところにわざわざ出向いて、Crewが、指輪をたかりに行くとは・・・。まさか自分が指輪を見せたことが、そんな事態を招くとは思っていなかった。女の子たちも、せっかくの家族へのおみやげを、スチュワーデスたちが欲しいと言うので、やむなくあげたに違いない。申し訳ない気持ちでいっぱいです。

私は恥ずかしくて、心の中で泣きました。
恥ずかしいこと、顔から火が出るが如くです。私はもう顔を上げて、彼女たちの前を通り過ぎることができませんでした。

あとで、「ごめんね」と言いに行った私に、また、「いいよ、いいよ」と言ってくれた女の子たちの笑顔がまぶしすぎて、また私の目にはうっすら涙が浮かんでくるのでした。

*CAは自分たちのことをCrewと呼ぶことが多い(塾長)

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☆ 苦あれば楽あり・・・のフライト ☆

うちのクルーの間で、あまり人気のないのが、インド路線に続き、中国路線。中国人旅客がたくさんいる便も疲れるのよね。中国人のみなさんって、とぉ〜てもフレンドリーなのですが、皆さん、あまねく、かなりのしっかり者で、『高かった航空券の元とったる!』という気合いに満ちているんです。中国人でいっぱいの便だと、カートの中のものが全部なくなると言うのが定説!・・・いえ、私が考えたんですけれどね。

とはいえ、インド線より中国線のほうがよいのは、ステイが楽しいからでもあります。中国ってディズニーランドに似て非なるものまで作ってしまうすごい国でしたよね?格安の偽者ブランド品が買いたい放題!仕事の前から、買い物リストを作って息巻いている本国人クルーもいるくらいです。え?違法?そうですよね。でも、本国人クルーの情熱を私に止める術はありません。そして、私自身、個人的には、『偽ブランドに興味はない』ということは、ここに明記しておきましょう。

さて、呼び出しで、フライトが入ってしまったのは仕方がないので、とりあえず、上海に行ってきました。インド路線ならば、足取りも重いのですけれど、美味しいもの満載のグルメ都市なら、りえは大歓迎です。スキップしながら機体へ向かうのであります。いざ、飽食の地へ!!

いらっしゃいませ、いらっしゃいませ。今日も中国人の方、血色もよろしく、お元気でいらっしゃいますこと。え?席を替えたい?ツアーリーダーがもう替えていらっしゃいますよ。あなたの席は・・・ここ。

中国からのお客様は、概して、ツアーでやってくる方が多い。お揃いの帽子や、お揃いの鞄を持っている。カメラを首に下げていたりする姿は、一昔前、揶揄されていた日本人の姿を彷彿とさせます。ツアーリーダーは、経験豊富なため、彼らの扱いには慣れたもの。予め席を交換して、特別食を注文している旅客が変更した席番号まで教えてくれます。いや、ありがたいことです。まぁ、そうあるべきなのですけれど、そうもいかないのが外国ですので、ちゃんとしていただけると、心底感謝いたします。

いつものことですけれども、あっちこっちがやかましいですね。これが中国語での喋り方なのでしょうけれども、あっちこっちで怒鳴っているように聞こえます。いえ、怒ってはいないようですよ。顔が笑ってますもの。談笑しているんでしょうね。

そろそろ離陸ですから、みなさん、座っておくんなまし。え?シートベルトはこう閉めるのです。トイレは飛行機が飛び立ってからにしてください。今はダメです。

さぁ、おつまみを配ろうとすると、本国人クルーが耳打ちしてきた。
「りえ、一つずつ配れ」
え?いつもそうしているでしょう?と、おつまみを配り始めると、そこに恐ろしい光景が!!おつまみの入っている入れ物を差し出すと、まるでクモの糸に群がる悪鬼の如く、あっちからもこっちからもわらわらと手が伸びてくる。中には両手でおつまみをわしづかみにする人もいる。

客室全員に配れるはずだった数を、じゅうぶんに用意していたのに、私の入れ物は、半分も進んでいないところで、すでに空っぽ・・・。
こういうことだったのか!おつまみを補充し、今回は一つずつ手渡しをする。
「2つ、くれない?」
・・・はい。どうぞ
「水、ください」
・・・今、配っているのはジュースですが?
「常温のやつね」
・・・はい、はい

そして食事サービスが始まる。
魚料理と、鶏肉の料理がありますよ?
「米をくれ」
・・・はい
「麺はないのか?」
・・・ありませんって。魚か肉かお聞きしているんですが・・・。


こうなったら、これでどうだ!みなさん、英語はあまり通じていないようですので、私のまずい中国語で対応させていただきましょう。え?、米か芋(マッシュポテトと言いたいけれどもわからなかったもので)があります。お米が良いですか?はい、お米ですね?え、発音が違う?ほほほ・・・私、こう見えても、日本人なんですよ。大目に見てくださいませ。

はい?そのペットボトルは、察するに常温の水を入れて欲しいのですね?分かっておりますが、今はサービス中ですので、後でまとめて取りに伺います。おつまみも、後ほどお持ちします。あ、機内無料配布の品物ですか?お子様に限らせていただいております。はい、お孫さんがいらっしゃるのですね。すみません、あら、あなたはずいぶんお若いようですが・・・そして、ちょっと、そこのあなた、この幼児用のおもちゃをあなたのお子さんにですか?どう見てもそちらのお子様は12歳前後ですが。あいにく今日は余裕がございませんし、諦めてくださいね。

あら、そこのお化粧室は空いていますよ。え、お婆ちゃんが入っているの?鍵をかけていただきたいんですが・・・。あ・・・そう。怖いの?だからドアの外で、あなたが見張りをしているわけですね。分かりました。しっかりやってくださいませ。

そんなこんなで、上海まではあっという間です。ええ、休む暇もございませんでしたが、上海は欲望のうず巻く街なのでございます。ガイドブックはどのページも美味しそうな料理でいっぱい。ホテルまでのバスで仮眠をとって、りえは、街へくり出します。ん?仮眠の前に一心不乱にガイドブックを見つめるりえを、だれかが見ている。あ、彼女は一緒に働いてきたマリアちゃん。なに?一緒に行きたいの?ならば一緒に行きましょう。きびだんごはないけどね。

さあ、マリア、寒いとか言ってるんじゃないわよ。一時間後にホテルのロビーに集合よ。

まずはマッサージ。仕事の疲れを癒すのよ。そう。マッサージはお腹いっぱいの時にするもんじゃないの。えぃ〜と、全身マッサージを1時間。本当は2時間したいところだけど、仕方がないわ。だって時間がないもの。

気持ちよかった!最高よ。マリアはどうだった?え?私のいびきがうるさくて眠れなかった?冗談じゃないわ。私は、いびきなんか、かいたことなくってよ。よだれの筋が残ってる?なんなの?天使のように無垢な寝顔よ?

気を取り直して、次は生煎という焼小龍包。マリア、やるじゃない、中国語が話せるのね?そうそう、ここに行ってもらって・・・。たどり着いたビルの中には、超有名店の小龍包屋さんが入っている。でもそこじゃないの。私たちが行くのは・・・。私は、そこには行ったことがあるの。

確かにそこも美味しいんだけど・・・あ、見つけた。あまりにも控えめな店構えで、気づかなかった。けれども行列ができている。おばちゃんから食券を買って・・・どこに座るの?どこの席もいっぱいよ?ここは相席ごめんのお店。2人で来てよかったわ。席に着いていても、割り込んでくる人のお尻が怖い。それにしても、生煎、うますぎる。なんて美味しいの!有名店の小龍包よりも、私はこっちの方も好きよ。マリア、私は追加注文するわ。皆、牛スジのスープを食べているもの。あれもきっと美味しいに違いないの。やっぱりね。上海人、舌が肥えているわ。次に行くお店にも期待ができそうね?え、行くのよ。次に。これは前菜よ。

じゃあ、次は上海のおしゃれスポットに行きましょう。このカフェ、朝方までやっているらしいわよ。あら、ちょっと、このお店、お食事もやっているのね。あの白人が食べている料理、美味しそうだわ。

「すみません。この、青菜と豚肉の蒸し物、ジャージャー麺をください。デザートは、ここの名物の・・・ピーナッツかき氷を2つ」

さすがのりえもお腹がいっぱいです。
みなさん、驚きましたか?乗務員の食生活。平均的な女子よりは、少し大目かもしれないですね。さらにいえば、男子たちが想像する一般女子の食事の量よりはかなり多いでしょうね。もりもり食べればこそ、機内で華麗に笑える力が湧いてくるのですよ。

りえとマリアは、次の日の朝、仕事前にまたお出かけをして、早めの昼食フルコースをいただいてきました。ホテルに戻ったのは集合時間の1時間前ジャスト。まぁ、いつもがこんな感じなわけはありませんが、たまにはこういうこともあります。たまには楽しみなフライトがあっても、いいじゃないですか。

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☆ インド線ものがたり!☆

思いがけない自宅待機が発生したと思ったら、自宅待機スタートからわずか16分で、
電話がかかってきて、インド線に呼ばれた。

インドは、ここからは片道4時間弱の所
当然、客はインド人が95%
さらに、ここを夜発、朝着の、お泊まりなしの往復便
当然、病欠多発の便ですよ。

*病欠=CAが病気を理由に欠勤

そんな便を日本人(←通常こういう便がスケジュールされることはない)にあてがうオフィサーは、

心なしか、いや、ぜったい嬉しそう。
本国人クルーを呼べばいいのに、彼女ら(電話に出ない)にトライもしないで、
日本人に電話をかけてくるところに、多少なりとも悪意さえ感じる。

*クルー=Cabin Crewのこと


まぁ、そんなこんなで、インドに行くことになって、気が向かないながらも、

支度して行ってみると、
クルーの数が、あれ、あれ・・・通常よりも多いですよ。
私は、足りないクルーがいるから呼ばれたはずなのに、一体どういうことなのかしら?
と、思ったら、3人、見習いのクルーがいた。
初めての見習いフライトなんですって・・・。
とはいえ、この人たちの数を入れれば、じゅうぶん!クルーとしては足りているし、
半人前も2人いれば1人前でしょう??
と、沸々とわいてくる怒りをなんとか押さえて、いざ、飛行機へ・・・

乗ってくるインド人、インド人、なんだか額にいろんな模様を描いている。
祭事でもあったのか?そして漂ってくる香辛料の匂い・・・

「俺の席はどこだ?」
そうですね。お探ししましょう。

あ、ここです・・・けれども、どなたか座っていらっしゃいます。

え〜、あなたの席は?ここではないですよね?
「違うけど、私はそっちの人と席を替わったのよ。それで、そこの隣の人が本当は・・・」
すみません、(あなたたちが勝手に)替えすぎていて、もとの席が分かりませ〜ん。
すると席を探していた彼が、
「じゃ、いいや。空いている席に座るから。この辺だろ?」
え〜、そうすると他の方がそちらの席だった場合に、不都合が・・・

と、いう私の気持ちをまるっきり無視して座る、どうやら、こういう事態は
あちこちで起こっているもよう。お客様も怒っている人はいないようだし、
それならいいことにしようかな〜。

サービスが始まると、あっちこっちでビール、水割り。

あ、もう反対側の通路を担当しているクルーは笑っていません。

見習いクルーは・・・あ、全部のオーダーに、親切に対応しすぎて、もう手がごみでいっぱい。

しかも3人くらいの話しか聞いてない。・・・客室全体見てくださいよ。

片づけなきゃいけないものがたくさんあるんだから・・・と、思いつつも、

なんだか、新人の頃の自分を見ているようでちょっと微笑ましかったりして。

インド人は首を八の字に振る。イエスでも八の字。ノーでも八の字。
どっちなの〜、全然わから〜ん。

えぇ、映画が見たいの?チャンネルを合わせましょう。
えぇ、音が聞こえない?あぁ、ヘッドフォンのコードが差し込まれてないから。
あっ、すみません。このモニター壊れているみたいで、消せません。

あ、いい?すみませんね。ご理解ありがとうございます。


あの、トイレは押して入るんです、押して。
あっ、出る時は逆なんだからそんなにバンバン叩かないで!中に入ったら引くんです!

サービスも終わったし、ちょっと座れるのかなぁ、と思ったら
ん?なんでここの床、こんなに汚れてるの??

「あぁ、そこね、さっき見習いクルーの男の子が吐いて、掃除してた。

あの子は、今日はもうダメだよ。パーサーの質問にも答えられないで寝てたから・・・」
え〜っ!自爆!?・・・なんでわざわざビジネスクラスの近くで吐いたの?

しかも、トイレじゃなくて床に!!

結局、この見習いは、残りのフライト全部休んでいたために、

本当に使いものにならなかった。サービス後、私より早くご飯食べてたのに・・・。

インドに到着した時には、

4つあるトイレのうち、1つのシンク(Sink)が嘔吐物でつまってしまっていた。

向こうで着陸した時にきれいにしたハズなのに、帰って来たときには、

2つのシンクが使えなくなっていた。
お客さんは、飲むだけ飲んで、あっちでゲロゲロ、こっちでゲロゲロ吐いていたのね。

さらにフライトの最後を締めくくる事件が発生!
飛行機後方部で、がたいのいいインド人が、ふらふらとやってきたかと思ったら、
バッタリ倒れた。男性クルーが助け起こそうとしたら、ムックリ起き上がって、
自力で乗務員席に座った。・・・と、思ったら、いびきをかいて眠りだした!

「すみません、どうしましたか?」と、声をかけるクルーを尻目に、
大いびきは止まらない。どうしたものかと見守るクルーたちの目の前で、
ずるずると椅子からずり落ち始め・・・

「うわ、やられた!!」
どうしたの?

本国人クルーたちが現地語でなにやら騒いでいる?ん

・・・その現地語って、トイレって意味じゃあ??
よくよく見てみると、彼の足下が水浸し・・・というか、実際、今もお小水を放出中。

あ〜!!おしっこしてるよ。そんなところで!そこは私の席なのよ!!

数分後に、皆の冷たい視線の中、復活したお客様はぴんぴんしていて、

彼と、彼の友だちいわく、お酒を飲んではいなかった。
・・・嘘だろ
そして、パーサーに厳重注意を受け、何ごともなかったかの様子で席に戻って行った。

疲れた。私はこのフライトでいたく疲れました。あまりの疲労に、帰ってから
午後の4時くらいまで動けませんでした。インドフライト、あなどれない。
噂どおりの、壮絶なフライトでございました。

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☆ 格安航空会社搭乗体験 ☆

航空会社に入った者のメリットとしてまず考えられるのが、自社便割引ですよね?そう、こう・・・社員が、社員割引で自社製品を買うことができるように、私たちは比較的安い値段で自分の働いている会社の飛行機のチケットを買うことができるのです。

自社便割引制度はあるものの、自社便割引の恐ろしいところは、ベストシーズンにはしばしば使えないことがある、というところです。こういった割引の割合とか、どんなあんばいで滑り込めるかというのは、会社によっていろいろと規定が異なりますが、基本的には、「空席があれば」ということで使用できるチケットなのです。と、いうことは逆に言えば、「空席がなければ君たちは乗れない」ということ。某航空会社で搭乗券を発券してもらうと、あからさまにわりあい大きな字で、チケットに「あなたが呼ばれるのは一番後です」的な意味の文字が書いてあって驚きました。空席があれば割安に飛行機に乗れるチケットは、便利なようで不便なところがあります。

例えば、ハイシーズン。ただでさえ満席であるのに、割引チケットの乗り込む余地はございません!せっかく休みを取っても、何便も見送った挙げ句、結局乗れない可能性もあるのです。または会社以外の友人と旅行に行きたい時。一般企業の人が、休みを取れるのがしばしばハイシーズンが多いのです。自分のチケットだけを割引ものにしてしまうと、正規ルートでチケットを買っている友人は飛行機に乗れても、自分は乗れないことがあるのです。でもまぁ、それは安くチケットを買っている者の宿命であるので、文句を言っても仕方がありません。

そういうチケットを使うのはローシーズンを狙うか、休みがたっぷりある時に限ります。危険は犯さないのが良いのです。とはいうリエも、その昔、自社便割引チケットを信じすぎて、他国から帰る術がなくなってしまった時がありました。次の日にはフライトがあるのに、どうしたらいいのか、あの手、この手を考えた末に、行き着いたのが夜遅くでも出発している格安航空会社でした。ローコストとはいえ、安いのは前もって予約をした時だけで、直前に買うチケットは思ったよりも高かった。

同じ職業なので、クルーの働きぶりが気になってしまうのは悲しい性でしょうか。

残念ながら、深夜便にも関わらず、この時の便は機材の到着が遅れたために、必然的に、私たちが乗る便も遅延することとなりました。出発時間を10分も過ぎたころ、待合室にアナウンスが入り、「すみませんが、機材がまだ到着していないために、この○○便も45分遅延します」。普通ならここでお客様がお怒りで、私たちクルーは肩身の狭い思いをするところですが、そこはさすが格安航空会社、「安いんだから仕方がないさ」とばかり、お客様は文句の一つも言いません。皆さん、肩をすくめるくらいで、鷹揚に構えていらっしゃる。

『それにしても、これだけ遅れてしまったら、機内清掃もあるし、45分の遅延どころではすまないだろう』と思っていたのも、つかの間、飛行機が到着し、お客様が出てきます。『あと5分でお客様が出たとして、さらに半時間は遅延するのでは??』と、あきらめの思いで、うつらうつらしていると、またアナウンスが・・・。「ご搭乗を開始します」。なぜだ!?清掃が入った気配はないし、お客様が降りてから、まだ10分と経っていないではないか?聞きまちがいかと思いながらも、列にならんで搭乗すると、機内はどうやら乗務員が大急ぎで片付けたらしく、ギャレーの隅っこに大きなビニール袋に入った大量のゴミが放置されている。そして、私の席の前には見落とされた空のペットボトルが・・・。どうしようか考えていると、乗務員がやってきて、“Sorry!”と言ってペットボトルをつかんでゆくのでした。

驚いたのは深夜便であるのに、電気がつけっぱなしだったこと。疲れていて眠いのに、煌煌(こうこう)とした明かりの中では、うたた寝することもままならない。照明システムが壊れているのかと思っていたけれども、知り合いに聞いたら、ここの航空会社では、長時間フライトであろうと、電気を消すことは決してないのだそうです。子連れの方には少々辛い旅ですね。

水も食事も、すべて販売対象の航空会社では、お客様が寝てしまったら商売になりませんものね。しかしながら、隣にいた友達が、喉の乾きを覚えて、「お水はいくらですか?」と、聞いたら、「もうカートに鍵をかけたので、トイレで水を飲んだら?」とアドバイスされていました。すぐ後ろの若者達は、空腹を感じたらしく、「○○を食べたいのだけど・・・」と聞いていたのですが、やはり「カートを締めたので、店じまいです。もう販売はできません」という返事でした。

余談ですが、ここの航空会社では、パイロットも(客室乗務員はいわんや!)食事を買うようです。まぁ、これは、機内食を食べたければ・・・ということになるので、機内食を食べない場合は、自分で何か持ち込むことになります。以前、こちらの航空会社のパイロットと話したことがあり、彼はシリアルバーを鞄に入れながら、「君のとこはいいよな。食事はタダなんだろう?」と呟いていたのが忘れられません。なんだかあまりにあじけないサービスに悲しくなってきましたが、はたと乗務員の立場になって考えてみれば、この人たちは、さっき着いて、清掃をして、チケットのもぎりをし、Uターン。休む間もなく、なかなかの激務です。

ここの会社のCAは、ミニスカートだったり、髪を下ろしていたり、いわゆる客室乗務員の定番のイメージとは少し離れているのではありますが、これも航空会社の特色と思えば、また一興。人生いろいろ、航空会社もいろいろ、と、思ったリエでした。 2011.01

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☆ 現役CAの悩み ☆

数々の化粧品とともに、洗面所にひっそりと置かれた育毛剤・・・
『“リアップ”、効果あるのかなぁ・・・』

これは世に言う中年男性のつぶやきではない。花も恥じらう乙女?の嘆き。ひとたび飛行機に飛び乗れば、『ここは舞台、私は女優』とばかりに胸を張ってキャビンをのし歩く、いえ、闊歩するスチュワーデスの物語。

育毛とスチュワーデスに何の関係があるのか、と思われる方も多いでしょうが、それが関係大ありなのです。みなさんご存知のように、スチュワーデスには、機内で働く者としての心得というか、嗜みというか、言ってしまえば会社の規定なるものがつきものです。一口に会社の規定とは言ってもいろいろとあるのですが、分かりやすいのが身だしなみについてです。細部は違えど、大まかなところはきっとどこの会社も同じはず。髪はきちんとまとめる。化粧をする。汗の匂いなんてもってのほか。全体的に清潔感が溢れるように・・・。

育毛に関係があるのは、この【髪をきちんとまとめる】くだり。仕事の時はともかく、プライベートとなったら、私たちだって、みなさんと同じようにおしゃれを楽しみたいのです。髪を短くするのも、個人の自由ですが、長く保っておきたい者にとってこのくだりは非常に重荷です。一つに縛ってポニーテールにでもしておくことができるのならば、話は早いのですが、そうもいかないのがこの仕事。おだんごにする。夜会にする。前髪は目にかからないようにする。こういったまとめ髪に、整髪料は必須です。スプレー、ジェル、ワックス、ピン等々ありとあらゆるものを駆使して、腰まであるみどりの黒髪も、ウェーブのかかったすてきな栗毛も、とにかくこざっぱりとまとめなければいけないのです。はい。器用な方は、あまり整髪料を使わずに、2、3本のピンを使用して、世にも美しい夜会を作ることができるのですが、私のような不器用者に、それは至難の技。ジェルを使い、スプレーで固め、前髪もワックスでまとめた後にピンを使用してやっとのことで、会社規定のスチュワーデスさんの一丁上がり。気がつけば、スチュワーデスになる前の何倍ものスプレーやジェルをもの凄い勢いで消費しているのでした。

しかしですねぇ、これも何年も続けていると髪に良くないのですよ。なんだか痛んだコシのない髪になってしまいますし、切れ毛、抜け毛が激しくなります。りえは、髪を洗うたび、排水溝にたまったいとしい髪の束を見つけては涙します。テレビを見ても、育毛剤やカツラのCMが気になる。マ○キヨでは育毛剤コーナーの前で立ち止まってしまう。さらには髪のフサフサしたお客様が羨ましくて仕方がない。『どうして私だけがこんな思いを・・・』と思っていると、最近、久しぶりに乗務した同期の感じが違う。『・・・ナゼダ?』

「髪型変えた?夜会巻き、とっても似合っていたのに、どうしたの?」
「育毛習慣よ」
「は?」
「最近、抜け毛が多くって・・・。この髪型ならそんなにスプレー使わなくても済むからね」

『友よ!』と、私は心の中で快哉したのです。いえ、実際叫んでしまったので、この後、育毛談義に花が咲いたのですが・・・。聞いてみると、髪問題で頭を悩ませている人は思ったよりも多いよう。私も気をつけてはいるけれども、分け目は3日毎に変えるようにする⇒でないと分け目の部分の髪が薄くなる。夜会をするにしても、その都度、巻き方を逆にする。整髪料は使わずに、ホディークリーム等でゆるくまとめる等々、人それぞれ、工夫もそれぞれ。

ある先輩などは、「私はついにハゲました」宣言をし、バッサリ髪を切っていましたっけ。髪を切った人の中には、「もうあんなに整髪料を使うのは嫌だ」とおっしゃる方もいる。

髪は女の命!なだけに、悩みも深刻なんですよねぇ。以上、今回はスチュワーデスの笑えない悩みでした。2010.10

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☆ 断食期間 ☆

「みなさ〜ん、お昼ご飯の時間ですよ?」あれ、おかしい。こんなに食べることが好きな人たちが、食事を抜くなんて・・・そういえば、さっき配ったジュースもおつまみも拒否していましたっけ・・・まさか!?

ギャレーに戻ったリエは、仲間に尋ねます。
「もしかして断食が始まっているのですか?」
「そうだよ。昨日からね。僕も断食中だから、今日は食べない」

・・・ついに今年も断食が始まってしまった。断食の期間はおよそ一ヶ月。その間、何も食べないかといえば、そうではなくて、『日が出ている間は何も食べてはいけない』ということらしい。もしかしたら、他にも細かい規定があるのかもしれないけれども、イスラム教徒でないリエには、そこのところはよく分からない。日が出ている間、食べてはいけないということは、裏を返せば、日が沈んでいる間ならば、いくら食べても構わないということと同義である。この期間、イスラム教徒の人たちは、昼間はタマシイが抜けてしまったようになっているけれども、夜になるともっぱら元気。元来、食べることが好きな民族なので、16時間そこそこの断食明けには、日本人に取っては興味深い光景が、街のあちこちで・・・、さらには機内でも見受けられる。

例えば、街中からタクシーが消える。昼間、溢れかえるほどに横行していたタクシーが、ばたりと姿を消してしまう。タクシー利用者としては迷惑きわまりないのだけれど、これは、イスラム教徒のタクシー運転手が、そろってどこかに食事に行ってしまうために起こる現象です。先日は、友達と食事をするために出かけようと思ったら、ちょうど断食明けの時間で、タクシーが見つからず、車で5分のレストランに行くのに、1時間も遅刻する羽目になりました。

電車に乗っていると、飲み物が入ったビニール袋から出たストロー(こちらの国では飲み物をビニール袋に入れて、端からストローを出し、きつく縛った状態で持ち歩く光景がしばしば見受けられる)を、まさに、『構え!』の体勢で持っている人たちがいる。『断食明けで〜す』というアナウンスが流れるとともに、一斉にチューチューやりだすのだ。

レストランでは、そちこちに散らばったイスラム教徒らしき家族が、涎(よだれ)を垂らさんばかりの面差しで、大量に注文した料理に魅入り、お預けを食らった姿で、断食明けのアナウンスを待っている。

断食の間に起こるイレギュラーは、毎年のこと。この期間中、オフィスは1時間早く閉まり、男性も女性も早目に家に帰って、食事の支度(買い出し)をする。郵便局ですら、早く閉めてしまうのである。

さらに渋滞。断食明けの時間が迫ると、レストランへ向かうイスラム教徒の車があふれ出すため、あっちこっちで渋滞が発生する。

そして、機内では、何が起こるのかというと・・・まず、フライトが断食の始まりの時間に当たった場合、イスラム教徒の旅客は、普通、一般客がお食事をする時間とは別になる。断食が始まる前にお食事を摂るため、夜明けの時間(←断食開始時間)の1時間ほど前に、食事サービスをすることになる。

私が、毎年毎年、苦労するのは、イスラム教徒の人を見分けること。自分から、「私は断食していますよ?」と申告してくれると楽なのだけれど、満席フライトで、『断食のお客様を見つけてこい!!』と言われると、非常に困るのです。この会社で働くようになって、以前よりは目利きになったとは思うのですが、それでも見逃してしまう場合があるんですよね。そういう方はお食事を召し上がっていただけないことになってしまうのですが、もう、それはリエの責任ではないと思うことにしています。満席フライトで断食者が多い時、正直、食事トレイの上げ下げが二度手間で、延々と仕事をし続けることになるのです。私たちだって人間です。

お客様が完璧な受け身体制なのも、困ります。断食をするのは個人の自由なのですが、日本人の私に、「断食開始時刻/断食明け(終了時刻)は何時なのか、食事はいつなのか」等を聞かれても、私は本国人クルーをつかまえて聞くしかないのです。中には、「自分は、断食中なので、機内食を食べることができないのだから、包んでくれ」という人もいます。持ち帰るのなら自分でやっていただきたいのですが、本国人クルーの指示によっては(←会社としての方針がいまひとつ定まっていないのです)、ホットミール以外のものをビニール袋に入れてお持ち帰り用にすることもあります。これも10人、20人となってくると、さすがにイライラしてきます。どうしてもホットミールを持ち帰りたいという人には、もう、「自己責任で召し上がってくださいね」と、釘を差してお渡しします。

初めて断食に出くわした当初、ランディング(着陸)時間と断食明けの時間が丁度重なったのです。『一応お客様のミールチョイスは聞いてあるけれど、どうするのかなぁ?』と、思っていたのも束の間、ランディングして、Taxing(地上走行)が始まるや否や、「行くわよっ!」というシニアークルーのかけ声と共に、まさかのサービス開始。飛行機がゲートへ到着するまでの間に、お客様はミールを平らげるのでした。こんなことは本来ならば許されるはずはない、と、思うのですが、どうやら、それがこの会社でいう、『思いやりの精神』だそうです。

断食をする本国人クルーについても、最近では、どこか上層部の方から、『仕事中は安全上の問題があるため、断食をするかしないかは個人の自由とする。その分の断食は、各自、別の日に行うように』というご通達があったため、いくぶん良くなったけれども、以前は“断食しているので、力が出ません”的なクルーが多く、この時期はケアレスミスも頻発。『仕事をするなら食べてくれ!!』と思わずにはいられないもどかしい日々だったのでした。

「りえも、短期間でいいから、ちょっとやってみたら?」という友達もいるけれども、リエは、やはりする気にはなりません。しかしながら、「断食ってやっぱり辛いの?」という質問をすると、「ううん。断食そのものは大変だったりするけれども、そのあと家族揃って食べるご飯が楽しい」というほのぼのした返事が返ってくることも多いのです。消えたタクシーの運転手さんたちは、暖かい食事と家族の待つ家へと急いでいたのでしょうか。普段、揃って食事をすることがむずかしい家庭では、断食をきっかけに家族との交流という大切な時間が持たれていたのですね。 2010.09

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☆ なんて言っているんですか!☆

“I am thirty. She is thirty-two.”
???さようでございますか、と笑い返す私に、その中東系のお客様は不満顔でなおも繰り返す。
“I am thirty. She is thirty-two.”
???貴方は30歳で、お連れ様が32 歳なんですね? 分かりました。それで、それがなんなんでしょう?おや?そのジェスチャーはもしかして・・・。

イラッとし始めたらしいお客様は、のどをトントンとたたいていらっしゃる。それは万国共通。のどが渇いているというサイン。ということは、彼が言っているのは、自己紹介ではなくて・・・。 “I am thirsty. She is thirsty, too”なのね?そうでしたか。のどが渇いているところを、それは失礼いたしました。いろいろな国の人たちがいる機内で、英語を共通言語としていると、発音や使う単語などの問題で、後々考えると、おもしろい発言が飛び交っていることがある。そして自信たっぷりで、皇室貴族たる者かくあるべきと、英語でお話になる。ときに、何を言っているのかさっぱり分からないと、こちらは大混乱におちいるのです。

たとえば、“I want to have this water.”と言われ、中東系のお客様に水をお持ちしたところ、いたく不満そうなお顔をなさって、「違う、違う」と言うのです。「でも、あなた、ついさっき水をくれと言ったじゃない」と思っていると、”Cola”と一言。よく見ると、彼女が指差した先には飲み干したグラスがあり、底には、茶色い液体が少し残っていたりする。「あぁ、コーラのお代わりが欲しかったのね」

これは、私だけが苦労していることではないのです。ある時、ギャレーに苦笑しながら戻ってきたローカル(本国人)クルーに、何かあったの?と聞いてみると、お客様に、”You can give me water.”(お水を出してもいいわよ)と言われたらしいのです。こういう言葉って、よっぽど身分が高い人が使用人に対して使う言葉なんですよね。

また、私を外国人と勘違いした日本人のビジネスマンに ”Can I sit below?” と言われて面くらったこともある。Below とは位置的に下方のことです。その日の機体では、下のほうに座ることは、カーゴ(貨物室)以外は不可能。それとも、何かの事情でイスの下にお座りになりたいのかしら?返事に戸惑っていると、彼は、後方の空席を指差し始めた。そう、後ろ(behind)の席に移りたいのね。『どうぞ、どうぞ』と返すと、日本語にびっくり、半分ホッとしたご様子で、お客様は席をお移りになりました。

反対に、自分の英語が通じなかったこともある。オーストラリア人のお客様に、アイスクリームをサービスした時のこと。彼女に持っていったアイスがまだ少し固かったので、”It could be hard for you.”固いかもしれません)と言ったところ、”No, No.” こちらがわからない顔をしていると、さらに続けて、”No, it is cold.”(いいえ、冷たいわ)。もちろんアイスクリームは冷たくてしかるべき。そうではなくて、「固いと言っているの、私は・・・」。”I know. It might be hard I said.”(存じておりますが、固いと申し上げているのですが)。 “No. This is not hot. Cold.”(だからこれは熱いんじゃなくて冷たいのよ)。”Hard”、”Cold”、”Hard”、”Cold”の攻防の末やっと分かった。私の”Hard”発音の伸びが足りなくて、お客様は、私がHotと発音しているのだと思ったらしい。さすがに、「この発音ではちょっと・・・」と思ったお客様は、親切心で、英語を直そうとしていてくれていたのだ。”Madam, I know this is cold. But it is very HARD to have.”(冷たいのは分かってはおりますが、お客様、これはたいへん固いです)と、”Hard”を強調して発音してみた。そこでようやく、私のことを、「熱い」と「冷たい」の区別がつかない、英語初心者のアジア人だと思っていた誤解が解けたらしく、2人で大笑いしたこともありました。

私生活での英語の間違いというのは、とんだ誤解を招くこともございます。レストランで、英語がつたない中国人の男性と仲良くなりかけた同僚のお話です。彼はこの国に来て間もないし、友達も少ないとのことでした。そこで、いろいろ教えてほしいと言いたかった彼の一言が、彼女をおびえさせてしまいました。結局、その場かぎりの出会いになってしまったのです。彼女を震え上がらせた一言は、”Teach me how to play.”でした。彼はきっと遊ぶという意味でPlayを使ったのでしょう。この単語は往々にしてベッドの上での行為を意味するものです。ひわいな響きになってしまったのです。

間違いは学習の一歩。笑えるものもありますが、言葉一つによってその人の印象まで変わってしまうこともまた事実。間違えながらも、大筋を外さない英語表現を身につけたいものですね。   2010.04

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☆ 台所での喜劇 ☆

−その1−

私の家の洗剤は、台所用であろうと、洗濯用であろうと、同じところに保管されています。そして、台所用洗剤ハイターとブリーチ(漂白)用洗剤の入れ物は、色も形も少し似ています。そういうわけで、かねてから、うっかりして間違えないように、それらを使う際は、細心の注意をしていたわけです。それなのに、それなのに・・・。しばらく前にハイターが切れてしまい、それを買い足すのも忘れていました。そういう状態がしばらく続くと、どういうことが起こるか。ハイターを使い切ったことが脳の中で消却されてしまいます。あたかも、家にはまだハイターがある。いえ、あってもおかしくはないと思い始めます。私は、どうやら、ついにブリーチ用洗剤をハイター代わりに、まな板、台所用スポンジ等の除菌作業に使ってしまったようです。それから一ヶ月もたって、『この黄ばんだソファーカバーをブリーチしようかな』と思った時に、“ハッ”と気がつきました。『そういえばハイターがないのに、まな板を除菌したけど、一体あれは何故?』。気づいても時すでに遅し。一ヶ月もたっているのに、身体に変調が表れないということは、きっとブリーチ用洗剤も少量ならば身体に大した害はないことが分かりました。というわけで、今回の人体実験の成果をここに記したいと思います。みなさん、洗剤を使う際には、ラベルの確認を怠らないよう、くれぐれもご注意なさいませ。

−その2−

久々に朝からやけ食いをしてしまいました。今朝、私が我を忘れるくらいの拒否反応を起こしたのは、ウチのゴミ箱。もちろん、原因はその中身なんですが・・・。

寝ぼけながらも、朝のさわやかなひとときを迎えるべく、キッチンで水を飲んでいたら、小さい、小さい・・・もう、ハエよりも、蚊よりも小さい極小のムシが目の前を飛行していたのよ。《南の国だもの。ムシの一匹や二匹いるわよね》と自分を落ち着かせながら、虫退治をしました。その直後、私の目に映ったのは、先ほど昇天したはずのムシ!?冷静にまわりを見渡すと、一匹や二匹どころじゃなくて何匹もいるのよ。一体何故!?窓を開けて、追い出せるものは追い出し、冷静になって原因追求をした。

思い当たったのがキッチンにある一番大きなゴミ箱。このゴミ箱って、大きくて、一人暮らしだと、なかなかいっぱいにならないのよね。従って、ゴミ捨て頻度は少ない。生ものなんか、いっぱいになるまで待って捨てるなんて、愚行中の愚行。問題外です。生ものは・・・生ゴミか。出たらすぐ、この階のゴミ収集所(歩いて30秒)に捨てに行く。生ゴミじゃなくても、ゴミをずっと部屋の中に置いておくのって嫌だし、他のゴミは、別ゴミ箱に捨ててあって、フライト前には必ず捨てて、部屋を奇麗にして出発するようにしているの。だ・か・ら・・・昨日の夜、フライトから帰ってきたばっかりの私の部屋は奇麗なはず。ムシがその辺を浮遊しているなんてあり得ないはず。

・・・あれは、さかのぼること約一週間。家の残飯処理をするために友達を呼んで、一緒にご飯を食べた時のこと。ウチに来た友達が、果物の皮をむいてくれて、それでその皮を台所のゴミ箱(フタ付きなので中身に気づかない)に捨ててもらったんだった!あの時は果物の皮だから、その子が帰ったらすぐに捨てなくちゃ!と、思っていたのに、やっぱり忘れてしまって、放置すること一週間・・・。

マレーシアの暖かい気候の中で、そしてゴミ箱という囲まれた環境で、マンゴーの皮は醗酵し、腐り、そしてムシがわいてしまったんですな。勇気を出してゴミ箱に近づき、震える手でフタを持ち上げて見れば、一週間封印されていたムシたちが一斉に飛び出し、腐って茶色く変色したマンゴーの皮が異臭を放ちながら、私の目に飛び込んできた。さらに何か小さな物が、ゴミ箱の中のゴミ袋、一面に点々と付着していて、『これは、停まっているムシか、これから孵化する卵なんでしょうか!?』って思ったら、涙が出てきそうになった。よくよく見たら、それらは私が料理をする時に使ったゴマ(これも多分腐っている)。ゴミ袋の中に入っていたのって、結局、マンゴーの皮だけだったんだけど、水ぼうそうのように広がって付着したゴマにより、気持ち悪さ倍増。大きなゴミ袋なので、当然余裕がありすぎる(容量的には捨てるにはまだ早い)けど、そんなことを四の五言っている場合ではない。

中に数匹残ったムシと、異臭もろともひとくくりにして、速攻外に捨てに行きました。ゴミ箱自体も、においが染み付いている。臭いから、捨てちゃおうかと思ったけど止めました。最近まれに、『資源を無駄にしてはいけないわよね』と思う私は、台所用のアルコール除菌スプレーを使って、全部吹き直してまた使えるようにした。ムシは、自分たちの寝床がなくなって混乱しているようだった。だけど、大半はどこかに飛んで行き、まだ私の台所に住みたそうにしているやつは、私が自らたたき出した。それでもしぶとく残っているやつは扇風機をつかって追い出した。

本当に、今朝は悪夢のようなスタートでした。しかし、気づいたのが今朝で良かった。これが明日の朝だったらと思うとぞっとする。朝、フライトだから、出発直前に気づいても、腐ったゴミとムシに気づきながらも泣く泣く見て見ぬふりをして仕事に行かなければいけなかったんだから。そして仕事に行けば2日は帰ってこない・・・と。

あぁ、生ゴミ、恐るべし。そういえば、こないだのフライトでは同僚で、スーツケースを開けたらキムチが漏れていたと嘆いていた・・・。スーツケース半分キムチ浸しで、それ以降、彼女の持ち物にはキムチのにおいが染み付いているらしい 。も〜、臭い毎日で困ります。 2010.03

 
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☆ 年越し、正月に思うこと ☆

私、リエはもぅ、何年か越しの、『年の瀬実家帰省』という念願かなって、実家に帰省することができました。そこで何をしたかというとですね、年越しそばを食べたり、紅白を見たり、初詣に行ったり、おせちを食べたりというようなことをするわけです。何だ、普通の年越しではないかと思う方もいらっしゃるでしょう。これがなかなか、私どものような仕事をしていると、普通の年越しがむずかしく、貴重なものだったりするのです。ステイ先のホテルで、本国人クルーと共に、カラオケルームで歌い狂いながら年を越したこともありました。仕事前のブリーフィングで年越しとなり、“Happy New Year”と、声をかけ合い、何の感慨もなく、次の年に突入したこともありました。また、新年早々、清掃ままならぬ機内で、前の年のお客様の嘔吐物と対面して迎えた印象的な年もありました。年越しそばを食べようと思って、「中華そば」の店に入ってしまい、首を傾げながら年越しそばならぬ、年越しラーメンを頂いたこともありましたっけ。あの時ほど、自分の無知を差しおいて、中華そばという看板に腹が立ったことはありませんでした。

さて、日本での年越しをいかように過ごすかといいますと、リエの実家での年越しスタイルとは、『紅白を見ながら年賀状を認める』ということに、この十数年、決まっております。こたつに足を入れながら紅白を観て、興味のない歌の合間に年賀状を認める幸せは、筆舌につくし難いものであります。こうして描き溜めた年賀状は、もちろん、『年賀状は12月25日までに!!』という郵便局からの呼びかけを無視しているため、元日には届かないのですが、まだ正月と呼べる日に届くことには変わりありません。そう、自分を納得させながら書いているのです。

ところで、日本ではこのように、葉書であれば、国内で、2〜3日以内に届くのが普通でしょう?それなのに、それなのに・・・。あぁ、自分の住んでいる国に戻って市内の知人、友人に年賀状を出しにいって、郵便局員に、「この葉書、いつ頃届くのでしょう?」と尋ねたところ、彼の返事を聞いた時の衝撃と言ったら!!私の質問に、しばし思案気味に首を傾げた郵便局員はこう、答えたのです。「普通なら、一週間以上かかります」・・・なぜ!?日本全国、津々浦々、山有り谷有りの地形といえども、2〜3日で葉書が届くと言うのに、この国では葉書一枚届けるのに、車で10分の所でさえ、『一週間以上かかる』とおっしゃる。しかも、普通なら、「○○日以内」という返事をすると思われるのに、一週間以上とは、もう、驚きをとおり越して、驚愕の域であります。そういえば、私の友人で、ここから車で3時間の所に手紙を出したところ、2週間後に受け取りの連絡があったという話を聞いたことがあったなぁ・・・と、今更ながら思い出しました。

海外に住んでいると、特に、リエが住んでいるような中華系あり、インド系あり、マレー系もあり・・・と、民族の入り乱れている地域では、1月1日という、西暦での正月があまり大事にされていない・・・というか、あまりにも軽んじられていることに気づきます。中華系は、旧正月(1月後半から2月初旬あたり)、インド系はデパバリ(11月頃)、マレー系は断食明けのハリラヤ(10月中旬から11月初旬あたり)に、それぞれに盛大にお祝いするため、三大民族が祝うこれらのお祭り騒ぎ以外はまったく目立たないのです。公的機関も通常通り機能しているし、さすがに1日は休みになる企業もありますが、ほぼ全ての企業が2日から通常営業。当然ながら、門松、鏡もち等は日本食レストランに置いてあるくらいですし、初詣する神社もなし・・・。“Happy New Year”と声をかけ合う以外に、この国にいても、新年を迎えたという感慨がまったく沸いてこないのです。だからこそ、でしょうか?海外にいる日本人は、日本にいる日本人以上に、日本人らしさを失わないように努力している方がいらっしゃいます。年の瀬には、そばをゆがき、紅白を見る。新年のためにおせちを作り、正月にはお雑煮を、7日には七草がゆを食して、一年の健康を祝う・・・そんな鏡になる日本人が、リエの友達の中にもいてくれるおかげで、彼女のまわりの日本人たちは、日本人の心を失わずに生きてゆけます。

海外に長く住んでいるとはいえ、他民族のお祭りをこころから祝うまでには、私はまだまだ修行が必要なようです。やはり日本人の行事が一番しっくりきます。年越しそばなしの大晦日、おせちなしの正月なんて、ちょっと寂しいですよね?さぁ、実家で正月を充電してきたリエは、初売りに向けてひとっ飛びしてきたいと思います。

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☆ 神様に近い都市、ラサ ☆

今回、リエがグループ旅行をしてきたのは、チベットのラサというところです。政治問題もいろいろあるところですが、リエ達は手つかずの自然というものを味わうために、ひたすら美しい景色を見るために、乗り継ぎ、乗り継ぎをしてまいりました。

最も心配していたのは高山病。チベットの首都ラサは、首都とはいえ、標高3,600m以上あります。飛行機から降りたら、いきなり富士山頂上といったら分かりやすいでしょうか。当然、気圧が低く、空気が薄い=酸素が少ないがため、高山病になる人がいます。例えば、富士登山であれば、徐々に身体が慣れていくのですが、飛行機で低地から一気に高地へと移動すると、身体がびっくりして高山病にかかります。低酸素状態で呼吸が苦しくなったり、頭痛がしたり、気持ち悪くなったり、ひどくなると、手足がしびれたりなどという症状が表れます。ご参考までに言っておきますと、高山病対策のため、時間はかかりますが、電車で入境するか、飛行機でラサ入りしても、一日、二日、身体を高地にならすためにのんびり過ごすのが普通です。

ただ、今回は、多忙を極めるメンバーが、ギリギリの予定を組んで参加していたので、無理は承知の強行軍。心配はしていたものの、のんびり高地に順応という言葉は、私達の旅行計画に許されません。現地に行ってわかったことですが、高山病というのは、普段、鍛えているかどうかはあまり関係がないようでした。私達のグループでも、日ごろ運動不足+飲ん兵衛たちはなんともありませんでした。そのかわり、絶対大丈夫と思っていた若手が、軽い高山病に真っ先にかかり、空港から街へ向かう車の中で、すでに深呼吸を繰り返し、なんだか苦しそうでした。そうは言っても、一度もダウンしなかった彼はよい方でした。

問題は私で、一日目の午後くらいから高山病による頭痛に悩まされており、ずっとホテルで休んでおりました。頭痛が頂点に達した時には、『もう次の日も無理だなぁ〜。もっと高いところに行くと言っているし、私は街を散策して残りの日々を過ごそう。・・・歩ければ』と、寝る時はあきらめていたのでした。しかしながら、リエは不死鳥のように復活したのです!起きたら気分は最高。身体は快調。後は標高5,000mのところに行って、また軽く頭痛がしたくらいで、その後はまったく問題なし。もう一人、2日目の夜にダウンしていたメンバーがいた。グループ行動に影響することもなく、症状は軽く、ガイドもびっくりするぐらい元気にあちこち巡ってきたのでした。 私たちは若さと体力と運で乗り切ったけど、やはり慣れた頃に、『チベットさようなら』という感じだったので、そういう意味ではちょっと残念でした。時間のある方は、一週間くらいで旅程を組めるといいのではないかと思います。

チベットの湖や山や空は、本当に、神々しいほどに奇麗で雄大で、世俗にまみれて心が真っ黒な私も感動しました。神様が住んでいると、現地の方達が崇める理由がわかります。高度がありすぎて、長くは滞在できないのですが、帰って来てからも、写真を見ると癒されます。

当然のように負の面もありまして、メンバーのひとりはチベット料理が全くダメでした。バター茶がダメな人は多いのですが、彼女はチベットの牛乳がダメ。コーヒーも紅茶もミルクを入れると、においがすると言って飲めず、食事のたびにげんなりしていました。確かに、パンもパサパサしているし、中華料理を食べても(麻婆豆腐を頼んだら、なんか引き締まった豆腐で調理してあって、たまげた)美味しくないし、ハエはいつもどこかにいるし、短期間だから我慢できたけど、チベット料理はグルメとはほど遠い位置にあるように思います。合う、合わないも人それぞれです。チベット料理がダメだった友人も、普段はなんでも果敢にモリモリ食べるタイプです。そんな彼女がさじを投げるということは・・・そういえば購入したチベットガイドには、他の観光シリーズには掲載されている料理のコーナーがありませんでした。そうそう、ヤクの肉も試しました。個人的には、羊と比べるならヤクの肉の方がよいです。においがそんなにないので・・・。でもちょっと固い(笑)。

泣けるのはトイレ。職業柄、いろんなトイレを見てきましたが、リエが人生でトライした中で最高レベルに汚れていました。こちらも用を足すという大目的がありますので、かなりいろんなことに目をつぶって「えいっ」と思って入るのです。それでも、それでも・・・一つだけ、どうしても入ることのできないトイレがあって、結局、用を足せずじまいでした。それはどのようなトイレかというと、レストラン?の屋外にあるトイレで、ブロックで作られております。小中学校のプールサイドにある着替え用の建物みたいな感じでしょうか。あれを2畳くらいの広さにして、ボットンにしてあります。隣との仕切りはなし。ま、私以外に人がいなかったので、それは置いておくことにしましょうか。入り口のドアには取っ手がありません。閉まりはするけど、中に電灯はなし。窓ガラスなしの光取りのみの明かりを頼りにします。ウンチがその辺にこびりついているし、においもひどい。たいがいのトイレに入った後は、においが服や髪に染みついて、あまり気分はよくありませんでした。いや、それくらいなら私も耐えましょう、耐えましょうが、ここで耐えられなかったのはハエ。私も自然の欲求と戦っていたので、『もう、どんなトイレであろうと、とにかく用を足させてもらいます!』って勢いでトイレットペーパー片手にやる気満々で一歩入りました。入りはしましたが、無数のハエに囲まれて、二歩目が踏み出せなかった。そういうわけで、踵(きびす)を返し、涙ながら禁断のダッシュで(←標高の高いところでは激しい動きは命取り)仲間の所までかけ戻ったのでした。

びっくりしたのは、その劣悪な環境で、もう一人の女の子がトイレを済ませてきたことでした。ちょっとうつむき加減に、『・・・没問題。(問題なし)』という彼女には、後光すら差して見えます。なぜだ?「どうして平気だったの?」と、尋ねると、彼女がチベットで一番初めに入ったポタラ宮(←世界遺産です。ダライ・ラマ14世がインドに亡命する前に住んでいたところです)のトイレがもっとひどかったんですって。彼女いわく、『5階建てボットン便所』。隣との仕切りがない。しかもここは観光スポットなだけに混んでおりました。激臭、ババ糞は当たり前。隣の人に挨拶しながら、しゃがみ込んで用を足す、底が深くて吸い込まれそう・・・等々、語るに尽きないトイレだったのでした。

どうしようか迷いましたが、結局、化粧道具は一式持って行きました。水は、水道の出は良くなかったけど、特に貴重だから大事にしてくださいという注意事項はありませんでした。やぶへびかと思いながらもガイドに尋ねてみたら、「水は豊富にあります!」と、胸を張って言うので、それならばいいか・・・と思って心置きなく化粧しました。そして、して良かったです。高地なだけに、紫外線が強すぎて、髪の毛の生え際が激焼けしました。チベットの紫外線、おそるべし。標高が高いせいで、曇るとたちまちダウンジャケットが必要なくらい寒くなるくせに、日差しが刺すように強いのです。髪の少ない友人は、分け目が焼けて、 赤い、痛いだけじゃなくって、帰ってきてみたら、かさぶたのようなものが出来ていたそうです。これはもう火傷です。帽子をかぶって正解でした。

原始的な自然を味わうということは、原始的なトイレを使うということ、または自然の猛威を肌で(今回は紫外線により)感じるということなのですね。壮絶な体験もしましたが、やはり旅っていいですよね。2009.11

 
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☆ 涼しくなる話 ☆

 その1

「昨日、お化け退治に行ってきたよ」
 
 ハァ?と、ため息をつく彼女の仕事は、というと、日本での庶務課といったところでしょうか。まぁ、言ってみれば何でも屋です。彼女が働いているところは支店なので、日本にある本社から見れば規模も小さい。課と呼べるほど人数も多くないけれど、話を聞くと、駐在日本人が気持ちよく働けるように細かいことをサポートする仕事・・・なのだそうだ。駐在員が日本からやって来た暁には、住まいの手配、引っ越しの手伝いもするし、その後のメンテナンスの手伝いもする。メンテナンスの中には、エアコンが壊れたので直してほしいというのもあるし、最初に入居した部屋から移りたい、貯まりにたまった水道料金の請求が正確なのか調べてほしいというものもある。会議のお茶くみあり、弁当の手配あり・・・本当に、会社と駐在員さんの要望に応じていろんなことをしているのです。中には、「独身の駐在員が部屋を汚くして困るから注意してくれ」という大家さんからの苦情解決もあったそうです。報告を受けて、彼の家まで行き、本当にゴミ屋敷状態だったのを確認した。直ちにそうじ屋を手配し、部屋をきれいにし、ゴミ屋敷の主に厳重注意した。その後も、週一で彼の家をチェックし、生活態度を改めさせるというようなこともしたらしい。そんな彼女の万屋っぷりは、聞いていてかなり面白いものであるのだけれど、今回の話は群を抜いている。

「お化け退治?」

「そう。どうやら駐在員の彼女が地元の女の子でね・・・」。要約すると、こういうこと。こちらの人は男女を問わず、霊を信じている人がやたらと多い。駐在員Aさんは、地元っ子のB子とお付き合いしているのだけれど、そのB子がAさんに向かって、貴方の部屋には何か不吉な者がいるから、出入りしたくないと言ったらしい。彼は、駐在歴が短く、契約上、すぐに引っ越しはできない。彼自身は何も感じないけれども、彼女がそう主張するのであれば、Aさんにとって、それは一大事なのだ。「助けてください」と、泣きつかれた私の友人は、いろいろと調査した結果、地元に有名な霊媒師がいるということが分かり、その人にお祓(はら)いをしてもらうことにしたようだ。

「仕事あがりに、Aさんの家まで私も同伴しなければいけなかったのよ。まったく!」

そういうことくらい自分でしてほしいわ?と、つぶやく彼女に、私は後光が見えたような気がしたのです。これから困った時は神様、仏様、Rちゃんだわ!!と・・・。

その2

「明日からの夜勤が嫌だよ」
「身体が大変だもんね。がんばってね」
「そうじゃなくて、集団ヒステリーが怖いんだ」
「集団ヒステリー?」

彼の会社は、この国で、夜も生産活動をしているために、夜勤務の監督が必要なんだとか。奇しくも、監督を任命された彼の悩みは集団ヒステリーである。

「この時期になるとさぁ、なんか、取り付かれたみたいな人が出るらしいんだよ。僕のところで働いているのは女性ばかりなんだけど、その内の一人が、急に奇声を発して、暴れだすの、夜勤監督の研修の時に、ビデオでその様子を見せられた。本当に、何かに取り付かれたみたいだった。喋れるはずがないよその国の言葉を喋りだしたりとか、本当に、取りつかれたとしか思えないんだよ。まぁ、人に危害を加えたりとかはないらしいんだけど、ものすごい力で暴れるんだって・・・」

え?!!と言いながら聞いている私は、部外者なので、興味津々。好奇心丸出しである。もしかしたら目もキラキラ光っていたかもしれない。それで、それで?

「しかもさぁ、それ、感染するらしいんだ」
「うつるの?」
「そう。一人がキーッてなっていると、隣の人も・・・みたいな。僕が夜勤の時には絶対起こってほしくない」

彼の会社では、そのようにヒステリーになった人は、とりあえず、取り押さえ、隔離した後、しばらく会社を休んでもらうという措置をとるということでした。どうやら、これはこの国ではたまにある事のようで、工場関係者たち、み?んな心得ている常識らしい。私は知らなかったのですが・・・。その後、彼の夜勤結果は聞いていないけれども、今から報告を聞くのが待ち遠しいです。

この国にいると、そういう話がよく入ってくる。そういえば、本国人CAたちも、日本Stayのとき、誰が言い始めたのか、あのホテルはお化けが出るとか言って怖がっている。この国の人たちは、霊に対して、日本人以上に畏敬の念が強いのかもしれない。 2009.09

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☆ これで治る!?☆

 ...あらっ?気づけばキャビンで小間物屋を開いている。(まぁ、平たく言えば、気分が悪くなって戻した)お子様が・・・??? どうやら地元のご家族連れのようだ。小間物屋主人は、3、4歳くらいの女の子。まだ、お顔に何か付いていますよ?。子どもを膝に抱えたお父さんが乗務員を呼んでいる。「うちの子が吐いた!」。そのようですね。出発間際に、こりゃ大変だ。「大丈夫ですか?」とかけ寄る乗務員は、さながら救急隊員。「お水でお口をすすいでくださいね」と水を差し出すと、決死の形相でお父さんが言う。
「隊員、何か食べ物を!!」
「は?」
聞き間違いかと思いました。

「はい、なんでしょうか?」
「うちの子は胃が空っぽだ!何か食べ物を!!」

その発言におや?と、思ったものの、離陸直前で時間がない。言われるままに、クッキーを持っていくと、先ほど戻したばかりの子供に、「さぁ、食べなさい」とクッキーを与えている。

吐物で汚れた座席まわりを掃除して離陸。一通りのサービスが終わり、ギャレーで一息つくと、先ほどの一件が疑問符付きで私の頭に浮上してきたのです・・・なぜ?と、ひとりごちてみてもこういう問題は解決しないのです。いたいた、私と同じエリアで働く今日のローカル(本国人)クルー♪

「ねぇ、さっき離陸前に吐いた女の子がいたの。見たでしょ?」
「あぁ、いたね」
「それでさぁ、私は水を持って行ったのよ。そしたらね、その子のお父さんが私に、クッキーを下さいって言うのね。で、持って行ったら、吐いたばっかりの子どもにクッキー食べさせているのよ。胃が空っぽだからって。おかしくない?」

私なら、気分が悪くなって、戻したら口でもすすいで、お水のみの食生活に切り替える。幼稚園の遠足で、小学校の修学旅行で、車酔いして吐いた子どもに、引率の先生はすぐに「さぁ、何か食べなさい!」とは言わなかったし、中学校で、授業中にゲロした生徒は、お弁当の時間は、大人しく保険室で休んでいた。吐いた生徒が、「何か胃に入れておけ 」と強要されたという話は、聞いたことがないし、実際自分が吐いたら、「何か食べたいな?」などとは思わない。むしろ、食べ物の匂いから遠ざかりたい心境だ。だから、私は先ほどお父さんの行動が腑に落ちない。
「胃が空っぽな状態は良くないよ。なにかちょっとでも入ってないと」
と、ローカルクルーは答える。

そうなの?吐いた後でも!?いまひとつ納得できなかったのだけれど、この国ではそういうものらしい。何しろ、ご飯第一の国なのだから。私がこの国に来て初めて覚えた言葉(←周りの人が頻発していたので自然に覚えた)は「ご飯」だった。”How are you?”の代わりに、「ご飯食べた?」と聞いている。初めて会った人にも、なぜかタクシーの運転手さんにも使えるし、誰も、それが変だと思っていないのです。試しにタクシーに乗ったついでに、「○○に行ってね。ついでにご飯食べた?」と聞いてみると、「まだなのだよ?。でもありがとうね」という返事が、いとも自然に返ってくるのがこの国なのです。そんな国だったら、やっぱり病気の民間療法って違うものですよね。【吐いたら食べる】もその一つ。

そういえば、私がお腹をこわした時にも、ローカルの友達が言っていましたっけ。
「パンだけにしておきなさい」

風邪を引いて、せきが止まらなくなった時には、こんなアドバイスを頂きました。
「大麦を煎じて飲んでおけ」
「レモンと鷹の爪の粉を煎じて飲むといいよ」
「はちみつをスプーンに一匙(さじ)なめなさい」

ボーイフレンドの実家に滞在中、風邪を引いて熱を出した友人は、冷水シャワーを浴びさせられたそうです。いわく、身体が熱い時は冷やさなきゃダメ!

民間療法はいろいろ聞いてみると面白いし、機内でご自身の信じている方法をお試しになるのも結構です。しかしながら、いざという時の救急法だけは正しい知識をもってして対処したいなぁ・・・思います。機内で倒れたお客様を目の前に、クルー達がそれぞれ自国の民間療法を展開しはじめたら大変なことになりますものね?。2009.08

 
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☆ Blue Lagoon(友達への手紙) ☆

3、4日前にローマ便から帰ってきたの。ローマには2ヶ月前にも行っていて、市内観光はほとんど済ませてあったんだよね。今回も、もうちょっと博物館や美術館や遺跡を時間かけてゆっくり見ようかと思ったけど、せっかくだから、もっと他の土地にも行ってみることにした。そういうわけで、次のフライトまで丸1日空いている日があったから、カプリ島という島に行って来ました。場所はどこかというと、地図を先ず広げてみてね。イタリア半島にあるローマを見つけてください。そこから南の方を見るとナポリっていう都市があるよね?そう、ナポリタンで有名なあそこ。因みに、パスタのボロネーゼはイタリアのボローニャ(←これはローマの北側、フィレンツェからバスで1時間半くらいのところにある都市なんだけどね)が発祥らしいよ。そこの都市の西側に小さい島があるでしょ。それがカプリ島。

私がどうやってソコまで行ったかというと、それが電車だったのよ。フライトでローマに行くまで、ナポリに行くかどうか自分でもハッキリしなかったので、安いチケットを買ったりとか、そういう準備したりとかしてなかったの。だから、まずは空港近くの定宿ホテルから30分くらい電車に乗ってローマに行くでしょ。そこから2時間かけてナポリまで行く。ナポリに着いたら歩いて港まで行って、さらにフェリー、もしくは水中翼船(フェリーよりは小さくて、モーターボートよりも大きい船です。水中と書いてあるけど水中には行きません!)というのに乗って、1時間〜1時間半かけてカプリ島というところまでいくのね。分かると思うけど、もの凄く移動に時間がかかるの。私が起きたのは朝の5時で、まずローマまでは、始発の06:45のやつに乗っていったよ。人間、なんかしようと思ったら早起きすることが鉄則よね!?

実は、私の目的はカプリ島ではなくて、そこにある、通称『青の洞窟(Blue Lagoon/Grotta Azzurra)』っていうところ。ここの海はただ見るだけでも、もの凄くキレイなんだけど、この洞窟とやらに入ると、光の屈折具合によって水がコバルトブルーに輝いて見えるの。もう本当に夢のようだよ・・・ということを同期から聞いていた(←同期もまだ行ったことはなくて、行きたいと言っているだけ)から、ぜひともこの目で確かめたかった。1人で行くつもりだったんだけど、ちょうどこの時、一緒に乗務していた後輩が、「ローマ市内はあちこち行ったので、どこにでもついていきます。行ってもいいですか?」と言うの。それでは・・・ということで彼女も一緒に行きました。

かんじんの『青の洞窟』は、かなり小さい洞窟で、海からしか入れない。だから、カプリ島につくと同時に、モーターボートに乗り換えて、その洞窟の前まで行って、そこから手こぎの2〜3人用のボートに乗り換える。この手漕ぎボートに乗るまでがまた大変。なにが大変かって、待っている人がたくさんいる。この洞窟めがけて来る人はかなりたくさんいるんだよね。私もビックリするくらい。しかし、洞窟は小さくて、中には3、4艘(そう)入れるかどうか。入り口なんて、船頭も、乗船客も、のけぞらないと入れないくらい狭いの。そんなところにツアーの客だの、個人客だのがフェリーにのって押し掛けて来るんだから、いっぱいになるに決まってるでしょ。それなのに、お客が来たらとりあえず海に出してしまえとばかり、次から次へ20人乗りのモーターボート(屋根なし)に乗せて、洞窟に向けてバンバン送り出してるいの。当然、待つ船がたくさんいた。私たちが行った頃には、洞窟の前で、すでに何隻(せき)かのボートが人をいっぱい乗せた状態で待機しているの。手漕ぎボートは全部で10艘あるんだかないんだか・・・。まさかと思ったけど待たされたよ。時々日陰に入ったり、時には船頭がイライラした客の気を反らすために、「あ、あそこを見て!野生の山羊が崖ぶちにいるぞ!」とか叫んだりしている。

そんなこともあったけど、結局、炎天下、海の上で太陽にさらされながら1時間半近く待った。波が高かったから、もちろん船酔いする人もいて、そういう人は陸にリタイア。なんとか船にしがみついて生き残った人たちも、日射病になりかけるわ、脱水症状寸前の状態まで追いやられるわ、で息も絶え絶え。やっと自分の順番が来て、お目当ての洞窟に入れたのはほんの2〜3分だったんだけど、あの青は本当にきれいだった。でも、新婚旅行で行きたい場所とかにしなくてさらさらよかった〜。せっかくロマンチックに過ごしたいのに、あんな生死の境をさまよう思いをして洞窟に入らなくちゃいけないなんて、ガイドブックには書いてないもんね。新婚旅行で行ってもいいけど、カプリ島に一泊して、朝一で洞窟に行くのがおすすめよ。そうでないと干からびる。カプリ島ってすっごいきれいな所で、島の探検もしてみたかったけど、あいにく日帰り強行旅行の私たちにはそんな時間は残されてなくて、ここは『青の洞窟』を見ただけで、フェリーに乗ってとんぼ返り。ナポリまで行ったら、帰りの電車までちょっとだけ時間があったから、ガイドブックに載っていた有名な(?)お菓子屋さんで、ドルチェ(甘いお菓子)を買って、電車の長旅に備えました。しかし、そのお菓子屋を見つけるのに思いの外時間がかかって、結局、最後は電車を逃すまいとして駅までダッシュしたので、コーヒーを買えなかった。

ローマに帰ってから市内で夕食を済ませ、ローマ市内からホテルまでは、ホテルが運行しているシャトルバスに乗って・・・そうね、ホテルに帰ったのは21:30くらいだったかな。立派でしょ。ちゃんと帰って来られたし、カプリ島も、外ら見ただけでも充分きれいで楽しめたよ。ナポリの町並みも、ローマとは違って、港町、田舎的な雰囲気が漂っていてすてきだったしね。『青の洞窟』、ユリちゃんも次のフライトでぜひ行ってみてね。 リエ    2009.06

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☆ 進化論 ☆

人と動物との違いは何であるのか。今回、私は、それを「道具を使うこと」であると仮定いたします。猿だって、チンパンジーだって、ラッコだって道具を使うではないか、とおっしゃる方たち、まことにその通り。しかしながら、今回はそういうことで話を始めないと、どうにもこうにも先へ進めないのです。

「パワー系?」
おりゃー!!とばかりに、ジャム瓶のふたを開ける私。それを見ていた男友だちから、「君は、パワー系?」と聞かれて、私はまたやってしまったと反省しつつ、心の中で赤面します。因に、このジャム瓶は、女友だちが開けられずにいたもの。ここで私が取るべき行動はきっと、「開かないの?」という一言とともに、ジャム瓶をくだんの男性にパスすることだったのでしょう。本来なら、男性の手で開けられたほうがよかったのかもしれません。それが、パカリと音をたてて開いた、その瞬間に届いた、「パワー系?」のひと言は、私が男という道具をうまく使えなかったことを意味し、その事実に気づくには充分すぎるパンチの利いた一言でした。男性が、女性にとっての道具(助け)となることはさておき、もっと身近な道具について考えてみます。

例えば、はさみがあります。毎フライトで、機内に持ち込まれる雑誌、新聞等は、当然梱包されております。はい、ビニールテープで梱包されたものは鋏で切ってしまえばよいのです。しかしながら私は、『鋏を取りに行くのは面倒くさい』という気持ちがあった。とはいえそれを言ってしまうと自分の無精がバレてしまう。それはまずい、ということでものぐさな気持ちを、『鋏を取りに行く時間が勿体ない』という大義名分にすり替えます。どうしたかというと・・・やはり、うりゃー!!というかけ声とともに力技をもってして、ビニールテープを引きちぎる、もしくは伸ばしたビニールテープの間から、雑誌、新聞を引きずり出すという作業をしていたのです。こんなことをしていれば、当然、手のひらは固くなってしまいます。いつぞや、外国人男性客に、ミールサービス中に手を取られて、おどろいたことがあります。何かと思えば、彼は私の固くなった手の平をしげしげと眺めて、覚えた日本語で、「カワイソウ・・・」と言ったのです。それほどまでに、私の手は荒れ果てておりました。

私の手のカワイソウな所はまだあります。それは爪の先。「座席番号11Dにコーラ、16Cと34ACにビール・・・」念仏のように唱えながら、私はコーラやビールの缶を素手でバキバキ開けていきます。当然爪はボロボロになります。そのときは、注文を忘れないうちに準備をすることで頭がいっぱいで、爪が欠けるとか、割れるとか、そういったことはつい忘れてしまいます。そんなトランス状態の私を見て、なぜか本日ギャレー担当のCrewが、私に新たな缶をよこします。「これも開けてもらえる?私、マニキュア塗ったばかりなの」。『何か変だ・・・』と思いつつも、まぁ、とにかく急がなければならないので、「ハイハイ・・・」と返事をします。

『手が荒れるのは職業病なのかしらねぇ・・・』と、ため息まじりに先輩たちのお手を拝見すると、あらあら、私の手とは随分違いますね。なんだかツルツルだし、潤っているし、マニキュアだって完璧なのです。『何故だ!?同じ仕事をしているのに!!』。衝撃の事実に気がついてから、私は時間の許す限り、先輩たちの行動をつぶさに観察することにいたしました。そして分かったのです。先輩たちの白魚のような手を保つ秘密が。それは道具を使うこと。

雑誌の梱包ほどきには、当然のごとく、鋏を使います。缶の蓋を開ける時には、テコの原理でペンを使います。ペンがなければ近くにいる男性クルーを使います。ミールカートのドアの開け閉めは指の腹を使って、爪をガードしています。彼女たちは、開かないジャム瓶のふたに遭遇した暁には、最寄りの男性へと上手にお願いするにちがいないのです。

私は、まごうことなきパワー系で、体育会系。大概のことはうりゃー!!か、おりゃー!!というかけ声と力技で乗り切ってきました。そんな私であるので、「リエちゃんは自衛隊に入ったらいいのにねぇ・・・」などと言われてしまうのです。元気があるのはよいことではありますが、それだけでは人とは言いがたい。先に述べましたように、人とは道具を使ってなんぼのものです。もちろん、人とは学ぶものでもあります。先輩の所作を学んだ私は、サルから人へ、進化の道を歩むべく、鋏を使い、ペンを使い、愛想と笑顔を駆使して、近くにいる男性を使うことを徐々にし始めました。かくして、私はスチュワーデスになって初めて、人になることができたのです。私を人へと格上げしてくれたこの仕事に万歳!!でもたまに出てしまうんですよね〜。私の手元にはペットボトル。「パワー系?」という声が今にも聞こえてきそうです。2009.04

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☆ アンコールワット 一人旅 ☆

行ってきました、シェムリアップ・・・と、聞いてもピンと来ない人、アンコールワットですよ。アンコールワットは、カンボジアのシェムリアップというところにあるのです。首都プノンペンからは、飛行機で移動したほうがよいくらい離れたところにありますから、チケットをご購入の際にはお気をつけください。

本当は、私だって、友達同士でワイワイする、賑やかな旅をしたかったのです。残念ながら、こんな仕事をしておりますと、友達と休みを合わせることが、非常に困難であったりするのです。まぁ、こういうのは生来の性格もあります。『どうしても誰かと一緒に旅行するんだ?!!』と言う方は、何が何でも都合をつけて、朋友との旅行を楽しむのでしょうが、なにせ私は面倒くさがり屋。○○ちゃんと一緒に旅行するためにはこのフライトを交換して・・・などと考えていると、もう旅行になぞ、行かずともよい、という気持ちになってくるのです。それで、旅行に行かなくてもいいのか、というと、そうではなくて、本当はとても行きたいのです。この、漫然とした生活に刺激を与えるために!一体、私はなんのためにクルーになったのか!自分を叱咤しながら地図を眺めながら、首を右に左にかしげて思いついた旅行先が、アンコールワット。私が住んでいるところからそう遠くもなさそうだし、なにせアンコールワットと言えば、言わずと知れた世界遺産。こんなに近くにありながら行ったことがないとは、もしかしたら犯罪なのではないか・・・と。最後にはこれまでの旅行プランに、アンコールワットを入れなかったことに罪悪感すら覚えながら、私の1人旅は始まりました。

ふとした思いつきから約12時間・・・鞄一つで降り立ったシェムリアップで、私を迎えてくれたのは、刺すような日差しと、あちこちで陽炎のような現象を起こしつつある熱気、それから・・・ちょっとゴマ臭い空港職員。カンボジア入国の際には、ビザ(査証)が必要ですが、これは現地で申請できるものなのです。空港にある申請書に記入をして、20米ドルを支払います。私が申請書と格闘しながら長蛇の列に並んでいると、一人の職員が近寄ってきて、なにごとかささやくのです。

「チェーン、チェーン」
『なんですか?』

不思議そうな顔をする私にしつこくも話しかけてくる職員。
『なぜ・・・私の前にいる白人さんたちを無視して、私のところへ直行してきたのだろう?ひょっとして・・・日本語?』

日本語モードに頭を切り替えて、もう一度耳を澄ませて見ると、「センエン、センエン」

おお千円か!!一体千円で何を!?ビザ申請には20米ドル必要なのですが。もしかして千円でビザをくれるのか?と思ったけれど、そんなはずあろうわけがない。どうやら、彼は私に、「千円くれたら、スピードでビザをだしてあげるよ」と、囁いていたらしいのです・・・なんて職員だ。

いきなり汚職の現場を目撃してしまった私は、少し出鼻をくじかれた感がありました。でも、そんなに純粋すぎる心の持ち主には海外1人旅なぞできないもの。はい、私の心は、現実に耐えられるほど充分に濁っています。私の一人旅のコンセプトは、いかにローカルにとけ込むかにあるので、豪遊はいたしません。空港からホテルまでの交通手段を探すと・・・あった、あった、バイクの駐車場。カンボジアではタクシーは高級移動手段です。TUKTUK(トゥクトゥク)という三輪車風の乗り物もあります。こちらはどうみてもバイクに比べてスピードが劣る。おまけに私は1人であるし(TUKTUKは二人乗り)、バイクと比べて値段が約2倍。しばし思考した後、私の下した結論はバイタク。バイクタクシーのことをバイタクと呼ぶのですね。バイクですが、タクシーです。ちなみに、街を走っている他のバイクと何が違うのかというと、何も違いません。標識はなし。特別仕様もなし。運転手の制服もなし。許可を取っているのかどうかも怪しい・・・と思うのですが、さすがにその辺りの規制はあるようで、免許のようなものを首から下げています。バイクと言いましても、50ccの原付です。どこに荷物を載せるのかというと、足下。お客様が乗るのはダイレクトに運転手に密着する後部。いいの。汗だくの運転手さんに捕まらなければならなくても、汗の匂いが漂ってこようとも、リエ、平気!!

インターネットで予約したホテルまではバイクで約15分。男性バックパッカーに言わせると、まだまだ高い!と、コケにされてしまうのですが、一応女性なので、安全重視。しかしながら、2泊で40米ドルというのは、個人的には安いのではないかと思いました。

バイタクの荷台にお尻を乗せながら、私はふと、『あぁ、そういえば、私はこういう風に旅行をしたいと思ったことがあったような気がするけれども・・・何かが違う』。バイクに2人乗りをしたいと思った原因が、名作【ローマの休日】を観た時であったことを思い出しました。しかしながら、ローマで恋人との逢瀬を楽しむ女王様と、カンボジアで汗とホコリにまみれながらバイタクの運転手と2人乗りをする私の絵を、どうしてもだぶらせることが出来ずに、ため息を一つ。バイタクの乗り心地は、最高!とは言いがたいものの、直射日光による日焼けと舞い上がるホコリさえなんとか我慢できれば、そう悪くもないものです。雨だと問題外の交通手段ですけれど、リエは晴れ女なのであります。 バイタクに乗る女性の出立ちというのは様々で、私のように、サングラスだけかけて、のほほんとしている者もあり、地元の人なのか、美白命の日本人なのか、サングラスに帽子、もしくはイスラム風に布を頭からかぶるスタイル、更にマスクをし、手袋をし・・・と、いった完全防備をして、やや危険な雰囲気を醸し出しながら荷台にお乗りになっている方もいらっしゃいます。

さて、リエはホテルまでの送迎を担当してくれた、つたない英語を話すバイタクの運転手さんがいたく気に入りました。バイタクのチャーターをお願いしようと思い、希望料金を聞くと、しばし考え、ちょっと申し訳なさそうに、「一日7米ドルではどうか?」と、提案してきました。外人とみればカモ!!と思う人々が多い所に、リエは何度も行きました。そういうところでは、大概カモ料金で、現地の人の2倍から3倍の料金を堂々と請求してきます。リエが住んでいる国でも、観光客相手にそういう商売の仕方をしている人たちがいます。多分、このバイタクの運転手も、少しばかり料金増しにしているのでしょうが、なんだか人の良さそうな顔に、申し訳なさがにじみ出てしまって、嘘をつき通せない感じ。「5米ドルにしなさいよ!」と、言うほど私は極悪非道ではありません。それよりもなんだか、正直そうなこの運転手さんをますます気に入って、「10ドル払うから、今日から3日、よろしくね!」と、いうことで交渉成立。運転手さんは、思ったとおり、とてもいい人でした。時間は守るし、私が提案した10ドルも、初めは断っていたのです。最終日に10ドル渡すと、「今日はお昼までで半日だから、5ドルでいい」と言いだし、まったく商売っ気がないので、「もう少し商売魂を出した方がいいですよ」と、注意したくなる程。いざ、遺跡巡りをする時には、「足元に気をつけろ」と注意してくれるし、マッサージに行こうとすれば、「そこは高いからやめておけ」。夜、お夕飯を食べに町に出れば、「悪い人に会わないように気をつけろ」と、もう、心配性なお父さん並みにいろいろと気遣ってくれたのです。だからといって、よい人ばかりとは限りませんので、皆さんが旅するときは気をつけてくださいネ。

そんな彼を旅のお伴に、用意の悪い私が、まず行ったのが日系旅行会社クロマツアーズ。そう、私はガイドブックすらもっていなかった。旅行会社で、フリーの現地ガイドブックをいただいた。それによると、三大遺跡と呼ばれるのが、アンコールワット、アンコールトム、タ・ブロームというものらしい。それの情報を得て、バイタクの運転手さんと相談して、近いところから攻めていくことにした。バイタクの後ろで、土埃にまみれながら、『ローカル度、高いなぁ・・・』などと思っていたら、私の行く手に自転車のご一行。現地の人かと思いきや、どうみても白人。現地の人間なわけがない、運転手さんに聞いてみると、自転車で遺跡巡りをする人たちもいるそうだ。そうか、上には上があるのだな。しかしながら・・・ここはカンボジア。中学生がする奈良の遺跡巡りとはわけがちがう。遺跡と遺跡はバイクでも30分、40分くらい離れているというのに、白人のみなさん、あっぱれである。灼熱地獄の舗装されていない道路を、ママチャリで爆走とは、いや、すっかり完敗しました。

遺跡はどこも観光客でいっぱいでしたが、それでも『あぁ、コレコレ、テレビで観たのと同じ!』とか、『ここをこういうアングルで取っていたのか〜!!』なんて思うことがたくさんあった。そして、自然の力を、とくにタ・プロームの辺りで感じた。人がいすぎたりすることを差し引いても、素敵なところでした。個人的に、もっとも好きだったのはアンコールワットの近くにあった丘でした。30分程歩いて、頂上まで上ると、朝日や夕陽を見たりできます。私が見たのは夕陽だったのですが、たまたま黄色い袈裟をまとった僧侶の一行がいたこともあって、異国情緒あふれる素敵な日の入りを見ることができました。

さて、強気で一人旅をする者であっても、お食事の時間は寂しいです。まず、1人ではいろんなものを食べることができない(注文できても無駄になる)し、話をする相手がいないというのもやはり寂しいものです。しかしながら、ここが1人旅のいいところでもあるのですが、私はあちこち遺跡を巡りながら、偶然2回ほど会ったスペイン人の写真家と友達になりました。お互い1人旅であったため、一緒に食事をすることになりました。見知らぬ土地で、見知らぬ人と知り合うというのは、旅の醍醐味ですね。肝心のカンボジア料理、アモックは・・・というと、甘くないタイカレー。卵が入っているのでフワフワして美味しいです。情報誌に載っていた有名店?と、旅行会社の日本人スタッフがよく行くというローカル店に行って、味くらべをしてみましたが、やはりローカルなお店の方が値段もお手頃で、美味しかったように思います。

いろんな人に出会い、おいしいものを食べ、美しい景色を見る。リエは、時々、こんな風にしてエネルギーチャージをしています。

 
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☆ 一生懸命なクルー ☆

 

仕事が終わると制服を着ていようとも、やはり心は軽くなるものです。そして、早く帰りたいと思うもの。ある人は愛しい人の元へ。ある人は睡眠を貪る為に、また、ある人は消費したカロリーを補うべく、友人と食事をするために・・・。終業後の彼女達の足取りは、スーツケースを引いているとは思えないほど早い。しかしながら、急いでいる時ほど、非常事態は起こるというのもまた然り。

ある時、家路に急ぐクルー3人の目の前で、あろうことか、日本人女性と思しき人がばったりと倒れたのだ。「大丈夫ですか?」年長クルーがすかさずかけ寄り対処する。新米タマヨが、辺りを見回すと、急病人のすぐ横には小さなお嬢さんが、そして タマヨの前には、ご主人であろうか?1人の中年男性が・・・。しかしながら、不思議なことに、旦那様は倒れている女性にはあまり感心がない様子。なぜなのだ?旦那様ではないのだろうか。「あのう、奥様が急病のようですが、お連れ様ではありませんか?」タマヨが尋ねると、「妻です。時々こうなるんです。私は医者なので、心配ありません。それより・・・」ご主人は奥様が倒れたことよりも気にかかる何かがあるようだ。奥様の方は年長クルーが対処し、クリニックに連れて行くことになった。もう1人のクルーはあやしている。どうやら、自分の担当はこのご主人であるらしい。奥様が倒れることよりも、気がかりなこととは、一体なんなのだ?話を聞いてみると、この一家は乗り継ぎだったらしいのだが、目的地に到着する前に、経由地であった、この空港で間違えて降りてしまい、飛行機に乗り遅れてしまったようだ。飛行機は出発してしまった。しかしながら、現地では、旅行社が用意したガイドが彼らを待っており、外国であるがため、連絡する手段もなく、初めての土地で右も左も分からない・・・という状況。最寄りのチケットオフィスに交渉し、家族3人分のチケット購入を手伝い、私用の携帯電話で海外の現地ガイドに連絡をとるタマヨ。後ほど、クリニックで意識を取り戻した奥様の容態を伺って、全員でお見送り・・・と、いう、まさに連携プレーを行った3人。彼女たちがお手伝いした一家は皮肉なことに、他社を利用していたのだった。

日本の空港に関してはわからないが、海外では、いろいろとその国の規約があり、忘れ物、落とし物・・・と、いった、やれば簡単に解決しそうなことすら、アナウンスを許されないことがある。ナナミが、機内で、お客様の携帯電話を発見したのはそんな空港であった。『お客様が飛行機を降りてから、まだそんなに時間は経っていない。きっと走ればまだその辺りで休んでいらっしゃるかもしれない。間に合うのならば今、渡して差し上げたい』。パーサーに事情を話して、デブリを抜けさせてもらい、空港ロビーに猛ダッシュ。「携帯電話のお忘れ物がございました。携帯電話をお忘れの方、いらっしゃいませんか??黒の携帯電話です」『そうだ、どこかにイニシャルが書いてあるかもしれない!』。握りしめた携帯電話を眺め回すと、『あった、あった・・・』。「キクチタケオ様、キクチタケオ様!!」携帯電話を振りかざして、声をからすナナミの努力もむなしく、持ち主が見つかることはなかった。彼女がブランドショップで‘TAKEO KIKUCHI‘の看板を見て赤面するのは数週間後である。

デブリ・・・De-briefing 乗務終了時の報告・伝達事項確認

機内で具合が悪くなったお客様。どうやらもどしてしまったようだ。吐物が入っているキタロウ袋を手に握り、お年を召しているせいか、歩くのも大変なご様子。「よろしければ、私がそちらの袋をお預かりしますね」。袋を預かって捨てようと思っていると、お客様が袋を離さない。「ご遠慮なさらずとも、結構ですよ。仕事ですから。」と言うマキに、お客様は応じない。
「この中に・・・」
「何でしょう?」
「入れ歯が入っているんです。ですから結構です」

とはいえ、お客様が自分で歩行するのは不可能なようであるし、満席の状態で、中身のぎっしり詰まったキタロウ袋を持っているとなると、吐物の匂いが充満しかねない。意を決したマキは、「お取りしておきますね。」と、言い、ビニール手袋を二重、三重にはめると、トイレの洗面台に吐物を出した。吐物にまみれた入れ歯を取り出し、歯ブラシで歯磨きし、奇麗になったところで、新しいキタロウ袋に入れ直して、お客様へとお返ししたという。マキのこの話を聞いて、「もうそれは介護だね!」と、マキの友人はため息とも感嘆ともつかない息を漏らすのだった。

一見(一聞?)すると、珍話のようですが、基本的に、こういうとき、クルーは皆一生懸命です。仲間内で笑って話を聞いていても、こんな風に誠心誠意接客をしている人がいると思うと、業務にも気合いが入ります。どの仕事でもそうですが、業務外と分かってはいても、『ここからここまでが仕事』という線引きはあれど、実際は割り切れない状況が多々あります。業務外でも、お役に立てれば・・・という気持ちでお客様に接する一生懸命なクルーたちに、クルーのイメージは支えられていると思うのは私だけではないはずです。

 
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☆ 謙虚な日本人、英語が苦手 ☆

日本人とは、かくも謙虚な民族である、なぁ・・・と、乗務をしながら思っています。
日本路線は、私の会社ではEasy路線と呼ばれています。一体なにがEasyなのかと申しますと、それはもちろんサービスがEasyなのです。ええ、もちろんサービス内容は他の路線と変わりません。しかしながら、本国人乗務員に言わせるとこうです。『おお、なんと扱いやすいのだ、日本人のお客様とは!』。曰く、多少のことでは文句も言わぬし、怒りもしない。おまけにトイレの使い方はきれいだし、客室内でゴミを散らかすこともない。大声で騒ぐこともなければ、客室内をあっちにウロウロ、こっちにウロウロ歩き回って、乗務員の手を煩わせることもない。やることさえちゃんとやっていれば、彼らは 全体的に低姿勢で、無口で、礼儀正しい、愛すべき民族であると・・・。

要は、乗務員側に立つと、「扱いやすい乗客だ」と、こういうことです。

しかしながら、果たして彼らの意見は正しいのでしょうか。いくら人のいい民族といえども、怒りたい時もありましょう。私たち日本人乗務員は、実際、そういう時の通訳も兼ねているのです。そして、毎日のようにEasy路線を飛び、あれやこれやと、お客様からの言葉を直接耳にする機会の多い私たちからすると、日本路線は決してらくちんなどではないのです。

それなのに、外国人乗務員は、『概して日本人は大人しい』と思っている。それは何故か。それはひとえに、『英語は喋れません』と思っている方が多いからだと思う。

日本語が通じない=英語を話さなければいけない ⇒ 話せない= 面倒くさい

という図式が日本人の脳に刻み込まれているため、自らの気持ちを伝えるその行為自体がプレッシャーになってしまっているのです。

しかしながら、私はこの、日本人の多くが英語を話せないと思っているところに疑問を感じます。もちろん、人によってレベルは様々だと思いますが、実際、英語を話している方はけっこういらっしゃいます。かなりのご高齢の方でも、「ウォーターください」のような言い方をしていらっしゃる。ほとんどの方は「サンキュー」と言える。私はそういう方たちを、英語が話せないとは思いません。

日本人というのは、特に英会話という点において、劣等感のかたまりなっています。なぜだか理由は分かりませんが、街中では、電車の中においてすら、『貴方は英語が話せませんね?ならば話せるようにならなければなりません』というメッセージ満載なのが日本です。このような現象は 世界でも珍しいのではないでしょうか。仕事柄、様々な国の方と接する機会がありますが、英語が話せないことをここまで恥じている国は、他にはありません。あのようなメッセージの渦中にあって、日本の方々が、『あぁ、そうなのか。日本人だけが英語を話せないのだな』と思ってしまうのは仕方がないことだと思います。私もその1人でした。

が、しかし、一歩日本を飛び出してみると、街を歩いている人々がみんな英語を話せるのかといえば、そうではありませんでした。フランスに行けば、フランス語しか話さないフランス人や、イタリア語しか話さないイタリア人も多くいます。それらの国では、むしろ英語が通じないことが多々あります。

そんな状況で、『外国人のくせに、何故に英語が話せないのだ!』と、ちょっとでも英語が話せるようになった日本人は歯ぎしりするのです。しかしながら、フランス人が、イタリア人が、自国語しか話せないのは、考えてみれば普通のことです。日本人だけが、英語を習得するのに大変な時間がかかり、義務教育を終えても、英会話ができないと思うのは間違いです。外国でも、英語を話せるのはそれなりの教育を受けた方、もしくは英語を使わざるを得ない状況下にあった方たちです。英語の授業が苦痛で仕方なかった外国人もいるのです。要は、日本人となんら変わらないのですね。

さて、ここまで書くと、私があたかも、『英語なぞ話せなくてもいいのだ、自信を持ちなさい、日本人』と、英語を話せないことを肯定しているようですが、そうではないのです。今は、言わずと知れた国際化社会です。英語は話せるにこしたことはありません。問題は英語を習得するまでの姿勢です。とかく日本人というものは、完璧を求める民族のようで、何か言いたいことがあった場合、すべてを英語に直さなければいけないと思いがち。すべて相手がわかる言葉で話そうとするとは、根が善良なんでしょうか。 機内で英語が話せない他の国の人たちが、おとなしいかというとそうではありません。自国語とプリーズをミックスして自信たっぷりに話しかけてきます。そして、私たちがいくら、「英語か日本語でないと分からないのです」と、英語で説明しようとも、英語が話せない自分が悪いとはつゆ程も思っていないご様子。英語で話しているようだけれども、自国語のアクセントや癖が強すぎて、何を喋っているのか全く分からない方。日本人ならば、『発音が悪かったのかしらん?もっと正しい発音を練習しなければ・・・』と思うところですが、彼女は、『わからない貴方が悪い』といった感じ。

実際、英語国以外で使われている英語というのは、教科書や英会話教室のネイティブの先生たちが話す美しい英語であることは少ないのです。文法はメチャメチャ。時制も合っていない、発音記号はどこへ消えたんだ?といったもの。美しい英語を話すことができるのならそれが一番いいのですが、そこへたどり着くまでには、たくさん恥をかくこと、実践経験を積むことも必要だと思います。そのためには、英語を話せないことに対する劣等感は邪魔なもの。 取っかかりは「ウォーター下さい」でもいいのです。英語を身につけていくためには、発音が悪かろうと、不確かだろうと、まずは何か話してみること。そして、たとえそれが通じなくても、「英語を話しているのに、聞き取れないあなたが悪い」と思うくらいの剛胆さが必要です。

気弱な日本の方々、私が思うに、皆さんの英語はきれいなほうです。英語も、海外旅行を目前にして、にわか仕込みにしろ、勉強してくる方もいるくらい真面目な方たちです。日本人が、英会話を取得するのに必要なのは、あと少しのずうずうしさと、度胸なり。実践経験で、謙虚さは無用ですぞ。

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☆あっぱれ、ものづくり大国、日本 ☆

朝食にヨーグルトを欠かさない私は、今朝も、買い置きしてあった一つを手に取り、『いざ、頬ばらん』という心持ちで、一気に、ペリッとふたを開け・・・、あれ?開けるつもりが、途中で破けてしまった。半分だけ開いたふたの隙間からヨーグルトを眺める私。恨めしいような気持ちで、端の方から、おもむろに、今度は破けないように、丁寧に、丁寧に、チビリチビリとふたをめくっていく。そうして、やっとヨーグルトがお目見えした頃には、ふたの裏についたヨーグルトで、指先はベトベト。向かうは洗面台・・・というのがお決まりのパターンです。もちろん、運が良ければ、一発で、上手にふたをはがせることもあるのだけれど、そういうことは非常に稀。朝の起きぬけの作業ですから、スムーズにいくにこしたことはない、また、そうあってほしいと願うリエですが、海外においてそれは高望みというものでしょう。

日本以外の国で生活していると、このように、日本の素晴らしさを実感する出来事が、些細なことではありますが、ひんぱんに訪れます。先のヨーグルトのふたですが、日本において、まぁ、コンビニかどこかで買ってきたヨーグルトやプリンやゼリー系のもののふたを破るのに苦戦するという話は聞いたことがありません。日本で生活する者にとって、大して脳みそを使わずとも、ふたを開けることができるのはまったく当たり前のことなんですね。と、いうか、そこでつまずいては、日本での物作り産業の名が廃る・・・と、いったところでしょうか。

愛すべき日本製品は他にもあります。例えばトイレットロール。最後まで二枚重ね。そして、きれいにちぎれる。これが海外ですと、紙の品質も、わら半紙系からありまして、バリエーションに富んでいますが、そんなことはさておき、点線が定かでなく、うまく破れた試しがない。二枚重ねにおいては、途中から一枚ずつになってしまい、重ねて引っ張るのが困難だったりするのです。

「歯ブラシ」・・・どうも、まともな歯ブラシというものを、こちらで発見したことがありません。日本の歯ブラシ会社は、歯のことをよく研究しているなぁ、と、思います。私の住んでいる国で、歯ブラシ陳列棚を眺めてみれば、赤、青、黄色・・・と、原色バリバリの歯ブラシたちがところ狭しと並んでおり、しかも、一つ一つヘッドが大きい。これで口に突っ込んで奥歯が磨けるのか!?やむを得ず子供用の、アニメキャラクターが書いてある一つを使ってみることにすると、躓?ムムム・・・なんだかブラシが隙間だらけ。

台湾で生活していた友人は、一時帰国した際に、この非常事態に終止符を打つべく、歯ブラシを大量買いして、親に、変な目で見られたという経験があるそうです。大事にもって帰った歯ブラシは、一週間を待たず、台湾住まいの日本人に持去られたという後日談も、日本製歯ブラシの人気のほどを物語っています。

「ペットボトル」。たいがい飲んだら捨てるものですが、水筒代わりに使う方もいます。今はエコの時代ですし・・・。海外のペットボトルはというと、特に、アジア系の国に顕著に見られる傾向ですが、ペットボトルがふにゃふにゃです。漏れていることもしばしば。飲む時に強く握ると、ペコッと凹んでしまうため、非常に飲みにくい。とても再利用して水筒代わりに使うことはできません。

「絆創膏」。異常に薄くて、張る前に絆創膏が丸まってしまうことが多々あります。使用後も、なんだかベトベトしたり、すぐ取れてしまったりするので、貼る前に血圧が上がります。

「紙幣」。日本の紙幣は世界で最も丈夫な紙幣だそうです。日本でボロボロのお札というのにはなかなかお目にかかることはできませんが、海外ならば日常茶飯事。メモ書きあり、名前あり、そして、時にはセロハンテープでやっとくっついているような紙幣すら出回っております。

「お菓子類」。クッキーを買ったら3分の1くらい割れていました。私の友人は4パック入りのクラッカーを買いました。箱の中のパックが破れていて、クラッカーが湿気ておりました。袋入りのチップスを買って食べたら、消費期限内だったにも関わらず、全員がお腹を下し・・・という事件もありました。

「氷」。機内で使う氷ですが、日本で搭載される氷は、一つ一つバラバラになっている上に、フライト終了まで、チラーに入れておけばほとんど溶けないため、本国クルー(CA)も大絶賛です。

お店で渡してくれるビニール袋も、日本製は丈夫です。以前、たくさん買い物をして帰ったら、部屋まであと一歩のところで、袋の持ち手部分がちぎれるという惨事を体験したため、重そうな荷物を運ぶ時は、袋を重ねてもらいます。

と、まぁ、具体例を挙げるのにはこと欠きませんが、要は日本での当たり前は、海外では通用しないのです。日本に住みながら、あっちでイライラ、こっちでイライラしている人が、「日本はダメな国だ!官僚が年金の使い込みをするし、あっちこっちで、『だれでも良かった』殺人事件が起こるし、非正規雇用社員の行く末も暗い。海外で生活すれば。どんなに楽だろう・・・」などと思うことは、大きな間違い。日本だから、彼らのイライラはその程度で治まっているのです。海外で日本と同レベルの生活をしようとすれば、イライラは治まるどころか、たまる一方。必ずや、胃潰瘍になることでしょう。

日本に生活しているみなさんは、それだけで、気づかないうちに、さまざまな日本製品の恩恵にあやかっているのです。それもこれも、『お客様のために』研究を重ねた物づくり関係者の皆さんの努力の結晶!日本で手に取るあの商品も、この商品も、作り手のこだわりの一品。そんな品物に囲まれて暮らしている日本人ってやっぱり幸せだなぁ・・・と、リエは今日も思います。

 
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☆ 運転云々 ☆

自分の車がないため、他人の車に乗せてもらうことが多い私。性差別はいけないのでしょうが、誰かに運転をしてもらう度に思うことがあります。それは、『やはり、男性の方が運転はうまいなぁ』ということです。

男性の方が生来、車を愛でる気持ちが強いというのが一つの理由でしょう。対して、女性・・・私のようなごくごく普通の女という生き物は、機械ものに強い興味を示すことはあまりないようです。車ももちろん機械です。男性にとって、車とは、愛情を捧げる対象であり、生活/自分の一部であり、それによって自分を表現できるもの、もしくはステータスの象徴であったりします。そう、それは時には、女という魚を釣るためのエサであったりもするわけです。とにかく、そういう複雑な要素が絡まりあって、男性群がマイカーを選ぶ時は、それはそれは真剣です。私が、『車とはAからBへと移動するための移動手段。B地点まで無事に着けさえすれば文句はございません』という信念の下、自分の車(かつてそういうものを所持していたこともありました)選びの時にすら、「なんでもい〜い〜。考えたくないから適当に選んで・・・」と、父親に、車選びおよび購入、納車までの、それに付随する一連の作業を丸投げし、自分の意志をいち早く捨てた私とは大違い。私が車に対して、どんなにものぐさだったかというと、色すら自分で選ばないという域に達していたのでした。

男性が車を買う時には、こうはいきません。まず、雑誌でターゲットを絞り込み、ショールーム巡りをする。試乗して、再び車の機能や燃費、予算等を考慮して・・・といった、気が遠くなるようなステップを踏み、ようやく『俺の車』を手に入れるのです。だからこそ男性は、車を大切に扱う。運転も、車のメンテナンスにも、気合いが入ろうというものです。大切な車を傷つけないために、運転には細心の注意を払っているため、なんと言うか・・・男の人の運転はとても優しい。

私が住んでいるこの国には、スピードオーバー防止のために、道路にあえて凸凹をつくってあります。私のような『車は動けばよし!』という輩が、運転席に座ると、この凸凹を見逃して、“がつ〜ん”と、車が跳躍したところで、『あぁ、どっきりした』と、思うわけですが、男性の場合は、『しまった、車がダメージを受けてしまった!』と思うらしいです。もちろん、こういう人であれば、凸凹の存在をいち早く察知し、車を跳ねさせるようなことは未然に防げるのです。だけど、タイヤがすり減るからと、ブレーキはあまり踏まないので、車の動きはいたって滑らか。ドアの開閉はあくまで静か。車全体が揺れるような衝撃を伴う閉め方はしないのです。こういった行動は、同乗している者に、非常に安心感を与える働きがあります。私は女。ドライバーが男性であれば、『あぁ、なんて優しい人なのかしら?ひょっとして私に気があるのでは?』などと思うこともありました。しかし、冷静に考えてみれば、彼の思いやりのベクトルは、どうやら私にではなくて、マイカーに向かって伸びているものでした。車を大事にするが故に、本人が意識せずとも、同乗者に優しい運転になっていたのですね。このカラクリに気が付かず、ドライバーへの密かな愛を芽生えさせてしまう女性はきっと少なくないはずです。世の女性陣、ゆめゆめご用心あれ。

 

  “Traffic Bump”  塾長のまめ知識
東南アジア諸国の高級住宅街や欧米の住宅地には、静けさを保つためと、住人たちを交通事故から守るために、道路を横切る形で、50cmのほどの巾で、道路を膨らませてあることがあります。これを英語では、“Traffic Bump”と呼んでいます。車のスピートを上げさせないための方策です。スピードを上げたままでTraffic Bumpに乗り上げると、車はすごい衝撃を受けて跳びあがるほどになります。 

さて、運転技術についてもう少し。私が『やっぱり男の人の方が・・・』と思うのが、合流と、駐車の時です。本人の運転技量が分からないうちから申し訳ないのですが、合流地点に近づいた時、私が助手席、友達(女性)が運転を担当していた場合、どんなに話が佳境に入っていようとも、区切りが悪かろうとも、私はひしと口を閉じてしまいます。これは、ひとえに、『頼む。静かにしているから、なんとか上手く合流してくれ? 』と、いう無言のエール。『私の命は今、貴女と共にあり、私たちは運命共同体。私も一緒に後ろの車を確認しますから、頑張りましょう!』という気持ちの表れです。そう、私は頼まれなくても、ドライバーと一緒になって首を回し、次々とやってくる車を眺め、自分が乗っている車が割り込めるだけの空間を血眼になって探します。運転手にもその心意気が伝わるのか、やはり彼女も口を閉じています。中には合流直前で、あろうことか、車を停止させた上に、心持ち不安そうな顔をして後ろを伺ったりしている女性ドライバーも。これが男性ドライバーであれば、私は大船に乗ったような気持ちで、語り聞かせをするような気持ちで、止めどもなく喋り続けることができます。たとえ相手が生返事をしていようとも、とにかく車は一旦停止することなく、するりと道路へと滑り出していくのです。

駐車もまた、ドライバーの技量が分かる行為の一つ。私に関して言わせていただければ、縦列駐車は全くダメ。バックも苦手で、若葉マークも新しかった頃は、バックもできなくて、常に駐車は前向き。運転歴も増え、今となっては小型の車ならばバックぐらいまではやってみせましょうが、普通車の運転になると、私の連れとなる方たちは、例外なく外に出て、バック駐車の手伝いをする羽目になるのです。車の幅の感覚というものが全くつかめないのですね。女性ドライバーで、『どこにだって空きがあれば車は一発でバック駐車できるわ!』という方は少なからずいます。だけど、やはり女友達とショッピングセンターに行く時には、『あぁ、あそこの方がエレベーターに近い』などと思うことはあっても、両側を4WDで挟まれたその狭い空間に車を入れること自体がいかに酷であるか承知しているので、そこはアイコンタクトで、入り口にはちょっと遠いけど、ガラガラの所に駐車してもいいわよと伝えるのです。ショッピングセンターまでのたかだか数十メートルが辛いというわけではないのですが、男性の運転で、エレベーターの目の前に車を停めることができた時の喜びはひとしきり。今日はガンガン買い物できるぞ・・・!!と、鼻息が荒くなるのです。『あなたの運転が下手なだけでしょう。』という突っ込みはさておいて、女性は運転の上手い男性陣が大好きです。便利な時代になった今、男らしさを見せるチャンスが減りつつあるようですが、運転席というのはそんな希少な機会が与えられる絶好の場。世の男性には運転の腕を磨いてもらい、縦列駐車や、後ろ向き駐車、さらには合流で、十分に男らしさを発揮してほしいと思っています。

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☆ 染みネタ ☆

はい。今回は、お酒の席で盛り上がるシモネタ・・・ではなく“シミネタ”です。

最近、私の周りで、染みに悩む乙女達が急増中なので、彼女たちの悩みを、ここで皆様に大公開し、笑っていただいて昇華させよう・・・と、いうのが今回の目的。

それでは、最近フライトで一緒だった先輩の怒りネタからいきましょう。新しい服をおろす時は、昔の人なら、暦を見て大安を選び、お年頃の乙女達ならば、まあ彼とのデートの日を選ぶというのが常套ですが、彼女が選んだのは憂鬱な地上勤務の日。乗務の仕事とは別に、彼女はオフィスに行く用事があったらしい。オフィスに行く時は、私用だろうがなんだろうが、‘Office attire‘と言って、とにかくビシっとした格好をして行かなければならない。ただ、彼女がオフィスに行くということ自体、あまり心浮き立つようなことではないのは明白。『せっかくのオフ(休み)なのに、なぜ、あんな遠いところに、きちんとした格好で出かけなければいけないのかしら。場所が場所だから半日潰れてしまうし、スーツでは遊びにも行けない』というのが正直な気持ち。そういうわけでオフィス訪問は楽しいことではありません。スチュワーデスだって休みの日は遊びたいんです。

そこで、彼女はなんとかオフィス訪問を楽しくする方法はないものか・・・と思案。そして、行きついたのが、新しい服を着るという作戦。新しい服・気に入った服を着れば、少しは塞いだ気分も引き立つのではないか、と考えた彼女。さっそく買ったばかりの、今年流行のシフォン地を使った、かわいらしいブラウスを着て、ルンルン気分で(←着る服によって気持ちがこうも変わるというのはやはり女心でありましょう)オフィスに向かった。

ところが、事件はこのオフィスで起こったのです。最近、あちこちでコロコロしたクルーが増え始めたこの会社、体重制限を設け始めたのです。どのクルーも身長・体重を測られ、体重が身長に見合わないと判定されたときは、会社推奨のダイエットプログラムに入れられる。やせている彼女も身長を測った。その時!計測係の女性が持っていたペン先が、彼女のブラウスを直撃。なんと、彼女のおニューのブラウスは一瞬にして油性ボールペンで汚されてしまった。おろしたてのブラウスをダメにされた彼女は怒り心頭。しょせん、ここは外国。 「あ〜ら、ごめんあそばせ」で、済まされてしまった。こういう時の怒りは、この国の人には通じない。抗議しても洗濯代を払ってもらえるわけでもなく、もちろん同じものを買ってもらえるわけでもない。こういうことは、長年の経験上分かっている。その場はなんとかやり過ごしたが、インク線のシミがついたブラウスを着た彼女の心中は穏やかであるはずがない。寄り道もしないで家に直行した彼女は、洗面台でゴシゴシ洗った。油性のペン跡は消えることはなく、怪力の彼女が力まかせにこすったために、柔らかいシフォン地が破けて、結局ブラウスは着ることができなくなってしまったそうな。

別のクルーは、背中が痒くて、手近にあったペンで背中を掻いてから乗務に行った。離陸後しばらくして、同僚から、「どうしたの?」と声をかけられ、背中を見てみると、着ていたブラウスの背中にペンの跡が!!背中を掻いたペンはどうやらキャップがずれていたらしく、ペン跡だらけのブラウスでサービスをしていた。その日は一日中、ジャケットが離せず、汗だくで仕事をする羽目になった。

海外でのクリーニングは当てにならないときもある。こちらに住んでいれば使わざるを得ない。しばらく使って何も起こらないと、「当てにならない」ということを忘れがち。そう、そうやって気がゆるんだ時に、事件は起こる。出したものがなくなってしまった・自分のものでないものが戻ってきたということが起こる。

私の友人は、コートに染みをつけられてしまった。冬物をまとめてドライクリーニングに出した時のことである。しばらくして、出したコートが一着だけ戻ってきた。どういうことか聞いてみると、「染みがあるが、確認してもらいたい」ということである。しかし、このコート、新しいものを2〜3回使っただけで、染みなどつくはずもない。見たら、確かに目立つところに染みがいくつもついている。「私がつけた染みではありません。取ってください」。しかし、そこは外国。「私たちはクリーニングする前に商品をチェックするんです。この染みは元々ついていました」の一点張り。しまいには「染みがなかった証拠を見せろ」と言う始末。結局、責任の所在は不明のまま、「染み抜きは日本ですることにした!」と、物腰やわらかで、やさしい彼女は、いつになくきっぱりとした表情で、私に向かって宣誓するのだった。

また、これはアメリカに行った友達の話。彼から貰ったファー付きのコート。自慢はもちろんフワフワのファー。それなのに、それなのに、ドライクリーニングから帰ってきた愛しのファーは、見るも無惨なパンチパーマ!!激怒した彼女はクリーニング店に文句を言いに言ったが、やはり「証拠を見せろ」と言ってくる。昔撮った、コートを着た写真を持って、ファーがストレートであったことをなんとか証明した彼女。「弁償してください」と言うと、「買った時のレシートをもってきてください」と請求されたらしい。悲しいかな、贈り物だった上、同じものの売っている店のないアメリカでは値段を証明することができず、結局泣き寝入りしたらしい。

海外でクリーニングする方、くれぐれも気をつけてくださいね。もしも高いものをどうしても出さなければならない場合、保険として写真撮影でもして、出す前に、クリーニング屋さんと、染みがないこと、ファーがストレートであること等、確認しておきましょう。しかし、こういったことは何が起こるかわからないから面白い・・・ではなく、恐ろしい。私はただひたすら皆様の洗濯物の幸運を祈るばかりでございます。

そうそう、そんな私も染み・・・ではありませんが、最近事件に遭遇しました。これは出国審査場で起こったのであります。なにを隠そう、この国、お国柄というおうか、なんというか、食べながら仕事をする人たちが多い。ほうら、ひとたび街をあるいてみれば、洋服屋のレジのお姉さんは、レジの横につまみ食い用のお菓子を置いているし、なにやらクチャクチャやりながら仕事をしているガードマンもいる。なんだかみんな食べている。私のパスポートをチェックした彼女は、どうやらファーストフードのポテトをお召し上がり中だったようだ。パスポートを受け取って、乗務を始めるためにゲートへと急ぐ私。鞄にパスポートを入れようとしたその時、そこはかとなく香ってくるケチャップの匂い。まさか!?と思ってパスポートを見ると、そこには、ベッタリとケチャップが付着している。拭いても、拭いてもなんだか臭いパスポート。文句を言おうにも、仕事に間に合わないのは困るし、泣く泣くゲートへと向かいました。ケチャップ光りする有効期限が10年のパスポートを眺めて、私はしばし呆然としたのでした。あと8年、このパスポートにお世話にならねばならない。

 
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☆ レストランにて思うこと ☆

「お愛想ください」「お勘定お願いします」「お会計お願いします」・・・等々、会計の仕方はいろいろありますが、グループで食事をした時に気になるのが、自分は一体いくら払えばよいのかですよね。

ご存知、アジアの一国に住んでいる私は、仲良しの皆さんとお食事をする際には、何かとシェア(料理を分けっこ)をすることが多いです。日本ならば、一人前のピザ、サラダ、パスタというものもありましょうが、さて、一歩日本を出てしまうと、以外に一人前というのがないのです。どうやら海外では、食事は誰かとするもの、という暗黙の了解のうちに、メニューが作られているらしく、1皿の量がとても多い。何も知らずに、例えば、「私はシーザーサラダと、パスタ、デザートにはティラミスにします」「それなら私はニース風サラダに・・・」などと、一人一人日本式に注文してしまうと、ゆうに2人分はあるお皿が、あれよ、あれよという間に、どど〜んとテーブルに並べられ、えらいことになってしまいます。というわけで、私たちが取る手段は「シェア(Share)」です。サラダに、パスタ、1品ずつ注文して、取り皿をもらって食べましょう、という感じになります。取り分けをして、ちょうど日本のレストランで、セットメニューを注文した時ぐらいの量になるのですね。これで人数が増えてくると、「メイン料理をもう一品増やしましょう」とか、「前菜をもう少し頼みましょうか」といった感じで注文していきます。基本はシェアで、結果的に、その方がいろいろなお料理の味を楽しめるというメリットがあります。私が注文したのはコレ!!という考え方ではないので、そうすると、まぁ、会計の時には自然と割り勘という形になります。全部ひっくるめてそこにいる人数で割る・・・と。それが自分の払う金額ですね。

こんな支払い方法に慣れて来た私が、欧米系の友達と出かけると、なんだか勝手が違って戸惑ってしまいます。先ほど、『海外では食事は誰かとするもの』という暗黙の了解のうちにメニューが作られているらしいと書きました。そこには、もう一つ解釈の仕方がありまして、それはこれで(日本人が見てぎょっとするぐらいの量で)一人分?という考え方です。オーストラリア人たちと食事に行った時です。日本人同士だと、皆でワイワイ言いながらあれやこれやメニューを決めて行くのに、彼らは「決めた!」と言って、メニューをパタリと閉じたのです。今回は、どうやら自分が食べたいものを別々注文するらしいのです。

こういう時、気心知れた友達ならば、「あ、それは美味しそうね?。少しいただきま?す」という展開もあります。その時は、彼らと初対面で、様子が分からなかった私は、おとなしく成り行きを見守ることにしました。それでまぁ、お食事は会話をしながら進んでゆくのですが、案の定、「これ、もーらいっ!」といったやりとりは見られず、自分の皿のものは自分で平らげて終わりです。これがお会計の時になると、レシートを見ながら、(テーブル毎にレシートがまわされてきます。つまりは私の注文したラビオリも、友達が注文したフィッシュアンドチップスも、友達の友達が注文したパスタもまとめて一括したレシートが出てくるのです) 「じゃあ、これが私の分ね」と言って、自分が注文した食べものと飲みもの分の金額をきっちりテーブルに置くのです。私はドキドキしながら右にならえで、その場を乗り切りました。

後々、私を連れていってくれた友達に、

 「食事は、いつもああやってシェアをしないで、会計は別々にするの?」

と尋ねると、「そうよ」という返事でした。彼女はもちろん、アジア系の仲間たちと連れ歩くことも多いので、私の疑問をよく理解してくれたらしく、その後、

 「オーストラリアの人って、食事は自分の分は、自分で食べて、自分で払ってというのが

    たり前みたい。今日みたいに、レシートを見ながら自分の分だけ払うのよ。私も、いろ

    な料理をシェアして食べたいって思う時があるけど、オージー(オーストラリア人)式に食事をす

    れば、早く切り上げたい人は自分の分だけ払ってさよならすればいいから、そういう

    時には、お金をいくら置いて行くのか迷わなくてすむし、ある意味合理的よね」

と補足してくれました。・・・確かに。さらに、オージーと結婚したある友達はこんなことも言っていました。

 「お義母さん(彼女は日本人なので、旦那様のお母様、オーストラリア人です)が来た

  に、彼とお夕飯をシェアしようとしたら、止められたのよ。『まあ、そんな行儀の悪いこと

  を教えた覚えはないわ。あなたったら、アジアに住んでいるうちにすっかりマナーを忘れ

  ちゃって・・・』って言われてしまったわ。シェアするのってマナー違反みたいね」

どうやら彼らにとってシェアとは、自分の皿の料理に飽き足らず、他人のモノまで手を伸ばすのは、行儀の悪い行為らしい。さて、彼らが自分の分は自分で注文し、自分の分だけ払うという行為が、マナーに基づくものなのか、徹底的な個人主義に基づいた合理性の産物なのか、私には判断つきにくい。けれども、海外では、一緒に食事をする相手によって、注文方法から会計の仕方まで、柔軟に対応できることが必要かもしれません。

因みに、アメリカで1年間の語学留学をしていたときに聞いたのですが、韓国では、食事の際、年長者が支払いをするのが普通だそうです。年長になったら出費が多くてた〜い変!!と思う一方、そのために、かなりしっかりとした年功序列制ができ上がっているらしいのです。留学中に知り合った韓国人学生たちを見ていると、年長者(兄貴=オッパ)の言うことは絶対で、下級生がパシリ役をしていたのは、未だに忘れられない思い出です。例えば、年長者の想いの丈を、恋いこがれる女の子のところに、下級生が伝えに行く、というような微笑ましい?光景も多々見られました。

韓国について言えば、客人の費用は、迎える側が全てを持つというのも常識のようです。例えば、日本から韓国に行くと、韓国の友達が出迎えてくれ、お金の心配はしなくて済みます。逆もまた然りで、韓国の友達が日本に来ると、向かえた側が、交通費、宿泊費、食費など一切の面倒を見るため、一時的な金欠状態に陥るという興味深い現象が見られます。これは彼、彼女の関係にあっても、同様のようで、私の友達(女性)が、韓国人の彼を日本に招待した時は大変だったそうです。まぁ、私がここに述べたことは聞きかじりですので、本当は違うぞ!と、思う人もいるかもしれませんが、おもしろ文化の一例として書かせていただきました。

そうそう、支払いのことと言えば、もう一つ。日本でも、だいぶ普及して来たようですが、海外では、日本よりもずっとクレジットカードが多用されております。お会計をお願いする時、店員さんに送る合図として、手を挙げて空中で何かを書くしぐさをするというものがあります。クレジットカードのサインをするという意味も含まれているようです。海外だとこれで分かってもらえるのですが、日本に行ってレストランで同じ動作をしたら、店員が、『お客様が書くものを探していらっしゃる』と勘違いして、ペンを持って来たという笑い話があります。私の友達は、日本では両手の人差し指でバッテンを作るのが合図だと言っていましたが、最も普及しているボディーランゲージってなんなんでしょう?そう、私はクレジットカードを使わない、今となっては少数現金派でございます。

お勘定のしぐさについて(塾長) 

お勘定をもらうとき、欧米では、左手を目の高さまで上げて、その手の平に、右手で書き込むしぐさをしたり、単に、片手だけをあげて、ペンを握って書いているようなしぐさをしたりします。欧米や東南アジアのレストランは広いため、店員が遠くにいることが多いためです。

日本では、飲食は、料亭の形で発展してきました。個室での宴席です。必要があれば手をたたいて仲居さんを呼んでいました。そして、「お勘定を・・・」と伝えてきました。また、大衆が通う食べもの屋さんは、狭いところが多く、「お勘定を・・・」と言えば、すぐに聞こえるところに店員がいます。日本では、合図を送るより声をかけてお勘定をもらってきました。強いて、しぐさでお勘定を頼むときは、昔は、片方の手をあげ、その手のひらに、もう一方の人指し指で、そろばんをはじいて計算するしぐさをしていました。現在では、手をあげて店員を呼び、お勘定を持ってくるよう依頼するスタイルが多いのではないでしょうか。たいていの場合は、勘定書はすでにテーブルに置かれていることが多いですが・・・。  

 
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☆ アジアのゴミ事情 ☆

「エゴからエコへ」の、CMが登場してからもう大分経ちますね。あれから何年・・・「コ」の字の上の濁点は取れてきたんでしょうか?スチュワーデス塾サイトにある「パリ・ニューヨークだより」で、スチュワーデスOGの方からのエッセイを見て、私はほ?っと感心してしまったのです。だってほら、パリでもニューヨークでも、なんだか環境保全にとっても感心があるみたい。世界の環境先進国(と言うのでしょうか?)ドイツに追いつけ追い越せ!という感じで、今では、欧米諸国だけではなく、日本も、ゴミにはちょっとうるさい国になってきましたね。

可燃ゴミ、不燃ゴミだけなら、まだ、私の理解の範囲内。しかし、聞くところに寄ると、東京ではゴミの分別はもっと細かく分けるようになってきているようですね。家の中で、分別のためのゴミ箱スペースの割合が徐々に増えているとか。ただでさえ狭いアパートに住むことを余儀なくされているのに、皆さん、がんばっているようですね。

私の実家は田舎であるため、東京ほどにはゴミの分別はやかましくない。しかし、それでも実家に帰ってゴミを捨てようとすると、どこからともなくゴミ監視員(祖母)がスーッと現れて、「りえ、それはプラスチックだからそこに捨てちゃダメ!」「瓶は外!」「ペットボトルは洗って、蓋とは別にして。ボトルは小さく潰して捨てる!」と、いうような厳しい指導をされる。私は空になったペットボトルを眺め、そして、おもむろに蓋を取り、ペットボトルを洗浄し、ご丁寧に外のラベルまではがして、一踏みしてから監視員所定の場所へとゴミを運ぶことになる。そうした一連の動作を、監視員は最初から最後まで、文字通り、『監視』しているのである。里帰りして一息ついたところなのに、心の安らぐ間もないったらありゃしない。

ファーストフード店などでコーヒーを飲んでも、紙コップはこっち、プラスチックの蓋と、スプーンはそっち・・・と、いう具合に分別するので、分別作業に慣れない私は、分別ゴミ箱を目の前にしてオドオドしてしまいます。

そう、私は分別に不慣れなのです。私が住んでいる国では、分別なんて無意味な世界。そりゃあ、私も日本国民の端くれですから、環境問題には感心があります。上述のとおり、日本では至って真面目に分別という作業を分別臭くやっています。この国に住み始めた当初は、私もゴミを捨てる前に一瞬ためらっていた気がします。今、思えば、初々しかった思える記憶させあります。可燃ゴミと不燃ゴミを目の前にして、「これって分けなくてもいいの?」と思った私が、あれこれ尋ねて回ると、むしろ、「なぜ分ける?」といったような答えが返ってきていたのです!この国には、どうやらゴミを分けるという概念すらないらしい。分別という極めて曖昧な一線があるとすれば、それは「ゴミか、そうでないか=要るか要らないか」というラインに過ぎず、要らないという範疇に入ったものは、生ゴミでも乾電池でも、プラスチックでもソファーでも、とにかくゴミというゴミは何でも、コンドミニアムのゴミ回収室にポイっと捨てるだけ。ここで、『私一人でも分別することが大事!』などと思ってみても、最終的に一緒に捨てられてしまうのだから、本当に、そんなことを思うこと自体無駄に他ならないという状況なのです。

ふと道路に目をやれば、昔、日本で走っていた車が、あっちでもこっちでも排気ガスをまき散らし放題で走っている。たった30秒でも車のエアコンを止めると、暑くて我慢できないと騒ぎだす人たちに、「アイドリングストップ」という言葉は通じない。 

揚げ物をしたくて、油凝固剤を探しにスーパーに行っても見つからない。「これこれこういうものが欲しいんです」と、店員に説明しても分かってもらえない。表情が、もう、「この子は何を言っているんでしょう」と言っている。ようやく、私が油を捨てたいらしいことが分かると、その店員(おばちゃん)は、「な?ぁんだ、油の捨て方が分からないのね?おばちゃんが教えてあげるから。ほら、シンクの穴にそっと流して、その後お湯で流して・・・」という調子なのである。揚げ物が大好きな国民なのに・・・どうやらこの国で毎日消費されている油はそのまま下水に垂れ流し。

この国にいると、地球は本当にエゴからエコへと走ることができるのか?と、たまには地球環境を憂えてみるりえでした。

 
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☆ ギニア人と結婚 ☆

アメリカ留学中に知り合い、ギニア(アフリカ)の人と結婚する予定の友人からアフリカ体験手記が送られてきました。世界の国を覗きみるという意味で、こういう体験談はなかなか貴重なものだと思います。読んでみてください。

りえ、元気?私は予告通り、ルームメイトのロロにくっついて彼の故郷にやってきたよ。アフリカでの生活はとってもゆっくり。今日も10時に起きて、水をポンプで(じっくり…)くみ上げるのを待ってから顔を洗って…一日のスタートはこんな感じ。

はじめに、アフリカに来るにはマラリア、黄熱…といった、各国に入国の際に決められた飲み薬及び予防注射をまずしなければならないんだよ。私は3本注射を一ヶ月前に打ち、マラリアと下痢の飲み薬を購入(蛇足になるけれど、中国でやったときは必要なもの全部で5千円もいかなかったのに、アメリカでは556ドルと高く掛かった!!!)。ちなみに私は飲み薬を忘れ、友達ロロのお母さんに改めて買ってもらう羽目になってしまった。この飲み薬は毎日一錠で、こっちに来る数日前から飲む予定のものだったが、それも忘れ、到着3日して発熱したときにようやく(忘れたことに)気づいたのだった…。今思えばマラリアに片足突っ込んでいたのかも(笑)薬を飲んだ後はケロッとしていたけど。アフリカに来るには、心の準備だけじゃなくて、体の準備も必要なのよッ!!!

さて、本題に入りますか。私がこっちで食べているアフリカ料理、食べさせてあげたかったな?。驚くほどグロいし、不潔なものなのよ。私はもう慣れちゃったけどね(笑)。よかったら、African EscargotってGoogleしてみたら早いかも。エスカルゴっていっても、日本にいる時に、りえと行ったフランス料理店のものとだいぶ違って、どちらかというとアワビ系統に入りそうな見た目。で、肝心な味は?と言われると、これがまた生臭く、雑食の私でも、好物とは言えない代物。ただ、出されたら食べる。こっちでは豚も牛も食べるんだけど、どうやら食べる部分が違うらしく、家ではよく足の脛(すね)らしき所を食べている。それが(色もたぶん舌触りも)濾した泥のようなスープの中に入っていて、米やプラタナス(バナナに似ている)やヤム芋、タロ芋と一緒に食べる。野菜はほとんど食べないせいか、お腹だけ膨れていく。といっても、ロロとは外食もするので、外で「サラダ」を食べたりもする。レストランもたかが知れていて、外人向けのレストランに入っても、お金が飛ぶように出て行くだけで、ろくなものでもないんだよ。昨日スペイン大使館の中にあるレストランに行って、「キューバ料理」を注文したところ、出てきたのは純トマトソース(それも明らかに缶から出したもので、味も足されてないし、具も何も入っていない!?!)に、ソーセージ2本、ご飯にプラタノスのフライが数枚。ロロの友達の紹介で来ていたので、その手前、何も言えなかったけれど、ぼるのもいい加減にしてほしいと思った。そしてケーキ。もうこっちで、何個もケーキらしきものは食べるものの、ことごとく期待を裏切られる。ショーウィンドウから覗き込み、選りすぐりに選んだエクレアは、上の「チョコ」はチョコレート色の砂糖の固まり。中はカスタードと思いきや…フェ、フェイントッ?得体の知れない黒い液体が入っていた…。それもこっちから食べるとあっちから液体が出てきて…と、食べるのにかなり苦戦いたしました(笑)それでも、りえと一緒で、出された飯は最後の米の一粒まで食べる性質の私は、片っぱしから出されたものをきれいに平らげていくんです。ここまで来たらこれもまた才能で・・・。ロロも、会う人毎に、“Come de Todoコムデトド(何でも食べます)”と、力なく言う(笑)。

話はだいぶ脱線したけど、私はどうやら屋台で食べる料理や家庭料理のほうが口に合っている。今日はニクル(ロロのいとこでドライバーとして活躍してもらっている)に頼んで屋台のあるところに連れてってもらい、牛肉料理(クペクペ)を購入。BBQした牛肉にマヨネーズを付けて、スパイスとマギーのソースを使う近代的なアフリカの料理…。それが意外にイケルのよ!しかし、カメルーンと比べると、ここは物価が高いらしくて、1,000フランス(2ドル)でカメルーンでは山ほどくれるところ、ギニアでは一握り分しかくれないんですって…。それから、ピザ、スパゲティにアイスクリームやクッキー、菓子パンなど、種類には限られるもののどれも高価。市民は数百フランの菓子パン(といっても、「フランスパン」にバターかチョコレートクリームを塗ったものや「ハム」を数枚はさんだもの)を食べる。こんなもので商売が成り立つからびっくりだよね。ロロから、要らない服があったらもって来るようにと言われてたけど、確かに、私でもフリーマーケットが簡単に開けてしまう…。こっちでそれらしき所に何ヶ所か行ったことがあるけれど、ろくな場所でもない。第一、ゴミは捨てたい放題に捨てられているのだから異臭が漂い、ハエが舞う。そこに、何本か大木を立てて作った粗末な「屋台」が連なり、生ものから電化製品…と並ぶ。と、これがゲットー。

しかし、Down Townに行くと、ちゃんとした店があり、しかも流行の服が立ち並ぶ。悔しいけど、私でも「欲しい」と思う服の2、3点はあったのよ。もっと驚くことに、多くの子が今、アメリカでホットな服や靴をさり気なく着こなしていたの。私はこれまで会った子どもたちの中で、2、3人の子のスタイルが気に入りました。それにしても、こちらの子はブスでもなんでも、巨乳であり、美乳である。ここの人はというと、大半の人は害がない。

アジア人が珍しいのか、たいてい指を指されて「Chino(中国人)」と言われるか、手を振られる。下品な人は、大げさなくらいバカ笑いして、散々笑い話のネタに使う。1回だけ、頭に来たことがあって、抗議したけど、梨のつぶてでした。恥ずかしいやら悔しいやらで、その場を去ったものの、仕方のないことだと思って流すことにした。私が中学のころに、日本人が外人を指差して「ガイジン、ガイジン!」って言っているシーンを思い出しちゃった。彼らは無知なわけだし、実際、ここの中国人口はここのところ伸びているらしく、市民の仕事を奪っている現実があるのよね。だから無条件に不利な判定が下ってしまうってわけ。といっても、これは少数の人たちのことで、先に記したように、ほとんどの人は無害です。手を振る者、握る者、ウィンクをする者、アッカンベーをする者(遊びで)…。100%と言っていいくらい、通りすがりのみんながみんな振り返ってくる。それはいい意味もあるし、悪い意味もある。私はふだんアフリカの服(やしの実の殻と葉をご想像でしょうが、ん?…残念!!マティニティードレスみたいなものです(笑))を着ているから、中国人がアフリカの服を着ているという不釣合いなコンビネーションが注目を引くんだと思う。普段着を着ているときは着ているときで、この中国人(労働階級)のくせして、いい物を着ている…と、思われているんですって。

アジア人から見て、アフリカ人が同じ顔に見えるように、きっとアフリカ人から見るアジア人は同じなのだと思うので、かわいいとかかわいくないとかは判断のしようがないと思うし、だからか私は安心して毎日をスッピンで過ごしています。それでも、どこか格式ばったところやクラブに行くときには、化粧は欠かせないわ。なんだか急に現代にタイムスリップした気分。普段はノーメイクでダボダボの服を着て、ニワトリやパンツ一枚の子供たちをかき分けて歩いているのにね〜。外国から来た人と会う時は、化粧もするし、きれいな服も着る。どちらが好きとか嫌いとか、そんなことは分からないけど、確かにここの生活に順応してきたと思う。アフリカもなかなか面白いところだよ。りえも、一回遊びにくればいいのに。

 
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☆ 大なる悩み ☆

航空業界にいてよかったと思う時の一つが、悩みを分かち合う友を見つけた時。人間、誰でも悩みを打ち明けてみたくなるものよね?そして、それは同情というよりは、共感というカウンセラーを得てこそ、癒される場合がある。そういう種類の悩みが、私の場合はショッピングの時に顔を出す。
  「申し訳ございません。ただいまご用意できますのは赤のみとなっております」
  「当店で扱っている靴のサイズはMサイズのみでございます」
  「こちらの商品はワンサイズですので・・・」
かつてこんな台詞を私は何度聞いたことだろう。
  「お客様でしたらこちらのサイズでも大丈夫かと思いますが・・・」
そう店員に励まされて着てみた服はツンツルテン。切り返しが胸のすぐ下にある、最近流行のワンピースを纏って鏡に映った私の姿はまるでてるてる坊主のよう。

  「ご試着はできましたか?」
と、なんだかウキウキした様子の店員の声に、私は「すみません。はやり少しサイズが小さいようです。入ることは入るんですけれど・・・」と返す。ふた言めは、もはや、私の見栄以外の何物でもない。私としては、『入るんです。入るんですけれど、なんだか少し丈が足りないんです。別にデブだから入らないわけではありませんっ』という気持ちがあるので、たとえ見知らぬ店員さんにでも、そこは誤解して欲しくはないのである。

  「入ってしまえば大丈夫ですよ。ご自分でご覧になるのと、
                        他の人が見るのとでは印象が違うものですから、一度お見せください」
『そうなのかしら?そうかもしれない。もしかしたら最近流行のワンピースと言うものは、私が知らないだけで、このように着こなすものなのかもしれないわ』と思いつつ、カーテンを開けて店員の前に出て行くと・・・、店員は絶句である。私も仕方ないので申し訳なさそうな顔をして、もうこの後はアイコンタクト。

  「お客様、お身丈が高いんですね。やはり別のデザインの方がおよろしいかと思います」
ちらっと店員が目をやった足下に、私が履いている靴はローヒール。そう、私はのっぽさん。この店員は、きっと私が、ヒールを履いてこの身長だと思っていたに違いない。確かに私は大きいらしく、ヒールのある靴など履かずとも、平均身長の女の子よりも頭一つ分くらい目線が上。服は問答無用のLサイズ。靴だって25cmともなれば、立派なLサイズ。

自己弁護をしておくと、私は決してデブと言われる類いの体型をしているわけではない。見た目は日本人の平均的な洋服が入りそうな感じがする。ただちょっと背が高くて、運動したりしていたために、筋肉質だったりするだけなのである。ところが、ひとたび、平均的日本人用の、世の中で最も多く出回っている服、Mサイズに袖を通すと、そこ・ここがサイズオーバーな自分の体を実感することになる。まず、長さが足りない。ジーパンは切らなくていいくらいで済むが、袖の長さが足りない。ボトムも、やっぱり長さが足りない。皆さんが膝下くらいで、お嬢さんスタイルで履くスカートは、私がはけば“じゃりんこりえ”。腕まわりが太いため、パフスリーブを着ることができない。今年の夏、あまりにかわいいパフスリーブのワイシャツを見つけた。試着せずにはいられず、試したら腕が通らなかった。そこで、ワンサイズ大きいものを着てみた。ギリギリ腕が通ったので即買いしてはみたものの、家で着てみたらやっぱり腕まわりがキツい。1ミリの予断も許さないくらいで、よく見ると、なんだかシャツが腕の肉に食い込んでいる感じ。これはいけないと思って、腕のボタンを外側につけ直す内職をして臨時対処をしたものの、数日後、何かの拍子に、盛り上がった筋肉の伸縮に耐えきれず、ボタンが飛んだ。

自分がLサイズとは分かって入るものの、『平均がMサイズ=Lサイズは平均より大きいサイズ』という定義が刷り込まれた世の中で、Lサイズの人間はちょっと生きにくいものがある。しかも、最近のダイエットブームで、日本の女の子たちはますます華奢になっていく。Mサイズもだんだん小さくなってきている感じ。店員さんには、いつでも、「Lサイズはありませんか?」と聞かねばならぬ私のささやかな願いは、『店員の手を煩わせないで洋服探したい』というものである。それに、Lサイズはデカイという烙印を押されたようで、やっぱりちょっと恥ずかしい。「Mサイズが平均。あなたと同じ身長のモデルさんもコレを着ています」と言われれば、何が何でも普通に収まりたいという気持ちが出て、意地だけで洋服を買ってしまったこともある。「そんなの関係ない! 私はLなんだから」と割り切ってしまえば、かなりの問題は解決されるのだけれど・・・。デカイと思われたくないというのは、ある種の女心ではないかしら?プチなんとかが『かわいい』と、もてはやされる今、L(大きい)と言うのはまさに対局にあり、『かわいくない』と思われがち。どんなに大きかろうと、女性としては、やはりかわいさを求めたかったりするものね!

そんな私の悩みを共感できる友が大勢いるのが、航空業界。電車に乗ればのっぽな私も、ひとたび同期に紛れてしまえばまったく目立たない。“自分は背が高い”などと思うことは全くなく、当然、私と同じ悩みを抱える人が何人もいる。まぁ、パフスリーブの件は、個人的な問題かもしれないけれども、欲しい洋服のサイズがなかったり、靴探しが大変だったりするのは共通の悩み。「どうしてこんなにサイズがないのかしらね??世の中みんな小さいわよね?」と、自分が大きいことを棚に上げて思う存分不満を言える。「それはあなたがサイズオーバーなのよ」と、もっともなことを言う輩は少なく、私はとっても救われる。そんな仲間内の本音を聞くと、分かってはいてもやはりLサイズの表示は好きになれないという。彼にLサイズの真実を打ち明けられずに、買ってきた洋服のタグのL字部分を片っ端から取る友人もいる。Lサイズのイメージに悩む私たちが好きなブランドの一つは、サイズ表示の仕方がとてもうまい。その靴メーカーではLサイズは存在しない。Lサイズ=モデルサイズなのである。私はそのブランドの靴がとても好き。Lサイズと思って買うより、モデルサイズと言われればかなり気分が違うもの。店員にサイズを尋ねられても恥ずかしくないし、胸を張ってレジまで行けましょう。表現一つで購買意欲が変わるなんて、表示ってとっても大事なのね?。ところで、私はLサイズの悩みばかり語ってしまいましたが、世の中には、私とは反対に、小さくてお困りの方もいらっしゃる様子。そんな方々の為には、S、SS 以外にどんな表示が用意されているのかと思ったら・・・ありました、ありました。ハニーサイズ。これは本当にかわいらしいですよね。Mサイズ以外のマイノリティーへの配慮に乾杯したくなる表示でした。

 
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☆ 過ぎたるは・・・(飲み水の話) ☆

あぁ、今日も、機内で水を求める声なき声が聞こえる。もちろんそれは、乾ききったお客様から発せられるものである。そういう声は、例えば、機内で飲み物を配っている時に、あちこちから伸びてくる手によって実感できたりもする。機内はとにかく乾燥している。特に最近は、液体類の持ち込み制限が厳しい。荷物検査の時点で、水の補給源を没収されてしまったお客様はたいそうお気の毒。日本の空港ならば、搭乗直前に飲み物を買って、機内に持ち込むことは可能だけれども、海外では、そうはいかない空港もある。そういうわけで、お客様としては、命の水は機内サービスに頼るしかなく、機内での水分欲求というのは、以前よりも増しているのではないかしら?お客様の水分欲求を満たすため、私たちは常日頃、機内を前から後ろへ、後ろから前へと歩き回っている。

ところで、みなさんは、この水というのにも種類があるのをご存知でしたか?たとえば、ほら、今、24Hの座席と26Kの座席のお客様からお声がかかっています。お2人とも水をご所望のご様子。「はいはい、ただいま」。ギャレーに戻ってサービングトレイ(お盆)にグラス2杯のお水を用意してお持ちしました。同じように見えて、このお水、実は違うお水なのですね。

「ウォッター!」と言った24Hのお客様は、訛りと外見から察するに、どうやら彼女は中国人。そこで、私が用意したのは常温の水。26Kにいたビジネスマン風の日本人にはギンギンに冷やしたお水をご用意させていただきました。フフフ、どうやらお2人とも「お水」にご満足していただけたようですね。

CAとして飛び始めてからしばらくは、“お水”と言われようが、“Water”と言われようが、“水は水”と思って、同じものを提供していた。けれど、飛び始めてしばらくして、私の『お水運び』には不都合が生じ始めた。お客様とギャレーの間を、何度も往復しなければならなくなったのである。私が持って行くお水に、お客様はことごとく「違う、違う」とおっしゃるのだ。同じ水でも、どうやらお客様によって求めているものが違うらしい。中国系のお客様が望むのは、たいがいは常温の水。確か、体にいいのは体温と同じくらいの温度の水とは聞いていた。中国人は、健康を気にしているのか、とにかく常温の水を欲しがる傾向にある。氷の入ったお水を持って行くと、”Warm water”と言って突き返してくる。

これに対して、日本人の私は常温の水というものに慣れていない。考えてみれば、日本で手に入れることができる水は、たいてい冷やしてある。コンビニで売っているペットボトルのお水はカンペキに冷やしてあるし、もちろん自動販売機の水も冷えている。サービスエリアでただで飲める水まで冷えているし、レストラン、食堂で出される水も、グラスが汗をかくくらいに冷えている。体にいいか悪いかは別として、私たちは、喉が渇いた時に、冷たい水を一気に流し込んでプハーっとやるのが好きだ。日本人が求めているのは冷えたお水で、うっかり常温水を持って行くと、「冷たくないじゃないか!」とお叱りを受けることになる。やっとそれに気づいた時は、「お水」の注文取り一つとってもなかなか奥が深いなぁ・・・と、感心してしまった。

ところで、中国人の水分補給の仕方は、日本人に比べると、なんだか暴力的に思える。ものすごく水を飲む。サービングトレイの上に、水やジュースを載せて客室内を持ちまわると、それを両手で取っていく。それで一人分なのだ。ドリンクサービスを終えたばかりなのに、コールボタンを押して矢継ぎ早に水を欲しがるのも、ギャレーまで取りに来るのも中国人ならば、水筒に水を入れてきて欲しいと言うのも中国人。中国人クルーに、「中国人は、どうしてこんなに水を飲みたがるのか」と聞いてみたら、「健康にいいから」という。あまりの勢いに、なにか宗教を信仰するかのような、脅迫じみたものを感じてしまう程だ。

『こんなに健康に気を使っているんですもの。中国人って健康のかたまりに違いないわ!』と、思うかもしれないが、それが意外にそうでもない。彼らは砂糖を入れずに、緑茶以外の飲み物を飲めないらしい。私が飛んでいる路線では、コーヒーのブラックや、紅茶のストレートを飲めるのはほとんど日本人のみである。しかも、中国系の人たちは、お砂糖一袋では足りずに追加を求めてくる。『そんな小さなカップに砂糖2袋も!?』と口に出しては言わないけれども、一つだけでは足りないらしく、中国人のおばあさんから、「苦くて飲めないの」と訴えられた時には、思わず笑ってしまった。日本のスターバックスでカフェラテを頼むと、そのままで飲む人が大半だと思う。日本以外のアジアの国でスターバックスに行くと、カフェラテに砂糖を2袋くらいつけて寄越される。レストランでコーヒーを頼んでも、テーブルに砂糖がのっていないところでは、必ず砂糖が2袋おまけについてくる。日本茶にはまさか砂糖は入れまいと思っていたら、日本茶にはハニー(ハチミツ)を入れるのがいい!と、豪語するクルーがいたのもまた事実。

健康に気をつけている一方で、こんなに砂糖を取り過ぎでいいのか!?と、思うけれども、だからこそ、かれらの健康はプラスマイナスゼロで、普通に保たれているのであろうか?「お水もお砂糖もほどほどがいいですよ」というアドバイスをぐっと押さえて、今日も私はフライトに行く!

 
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☆ 異文化いろいろ ☆

「これをどうぞ」
私が差し出したのはウエットティッシュ。
「あら、準備がいいわね!?」
やや、不思議そうな顔をしながらウエットティッシュを受け取り、手を拭く母。
「あ、私も持っているワ!」
と、いとこがバッグの中から取り出したのは、やはりウエットティッシュである。

日本で、久しぶりに仲のいい親戚が集まってドライブに行くことになった。車の中でせんべいを食べ、小腹を満たした母が、はて、困った。手を拭こうと思うが、自分の鞄にはハンカチか普通のティッシュしか見当たらない。彼女が食べたのは揚げせんべい。指についた油を拭き取るためには、乾いた布やちり紙では不十分。と言うわけで、ウエットティッシュ様のご登場と相成った次第であるけれども・・・。

「あなた達、どうしてそんなものを持っていたのかしら?」と、母は首を傾げるのだ。そういえば、日本ではウエットティッシュを持ち歩く習慣はなかった。しかしながら・・・いとこも私も合点がいって、顔を見合わせてニヤリである。私はアジアの国をベースにして働いている。かたや、いとこはつい最近、留学先の中国大連から帰ってきたばかり。二人に共通するのは、アジア圏に住んだ経験があるということで、それらの国に住むということは・・・そう、ウエットティッシュを持ち歩く習慣が身に付くということに他ならない。

納得いかないようすの母を横目に、私たちはウエットティッシュ談義に走る。ここ日本で、ウエットティッシュ携帯派に会えたことがとても嬉しかったのである。
「やはりそちらの国でも必要なの?」
「これがなくては暮らしていけないのよ」

なぜ、これほどまでにウエットティッシュが重宝するのかというと、アジア圏の国の衛生状況と習慣の違いによるのだ。ウエットティッシュ様の活躍の場としては、主に、食事のときとお化粧室があげられる。高級レストランに行けば、おしぼりを提供してもくれましょうが、毎回毎回、高級レストランに出入りするわけにもいかない身分の私たちである。ピンキリでいう、キリのレストランもしょっちゅうお世話になっている。そこにはおしぼりというものはない。それに加えて、なぜか手の汚れる料理が多い。エビやカニの殻を手で剥がせば、その指を拭きたくなる。さらに、目いっぱい盛られたスープを飲もうとすれば、スープは溢れて手が濡れる。出された時からべたべたしている器もあるし、手で割り入れる揚げせんべいのようなものもあり・・・とにかく、ウエットティッシュを使わずして、手を尋常な状態に保って食事を終えることは不可能なのだ。路地にある屋台の揚げ物、串焼きなどを食べようものなら、指先がベトつくことは必至。こんなに頻繁に手が汚れるのに、いちいち水道を探して手を洗っている暇などございません。

ウエットティッシュ携帯派は、もちろん普通のティッシュも持参している。使用先は主にトイレ。全国津々浦々、トイレの個室に一つずつトイレットペーパーが設置されているのは日本だけ。海外では、トイレットペーパーが空になっていることがしばしばある。別に設置するのを忘れているわけではなく、意図的にそうしているのである。どうやら、トイレットロールを持ち帰る輩がいるようだ。そこで、そのようなトイレでは、トイレットペーパーは置かないことに決め込む。もしくは、洗面台近くに、お持ち帰り不可能な大きなトイレットロールをでんと設置してある。トイレに入る前に、使用する分だけ、そこから拝借して個室へ向かうという方式がとられることになる。

大連にいた彼女曰く、中国には、ウォシュレット機能の付いたトイレが少ないため、「普通のティッシュだけではもの足りない!」と豪語する彼女は、トイレでもウエットティッシュを使っていたらしい。私の住んでいる国では、ウォシュレットまではいかないが、トイレの横に小さめのシャワーがついている。初めて見た時は、これが何のために設置されているのか分からなかった。これはウォシュレットの代わりだそうだ。用を足したあとに、これで洗う。現地式トイレにも、洋式トイレにもついている。そして、これはトイレ掃除の際にも大活躍しているご様子。

男性用のトイレには入ったことはないけれど、どうやら男性も、用を足したあとには、『洗う』らしいことが最近判明した。きっかけはやはり機内。「どうしてこんなに水浸しになるの−?」。怒りをあらわにトイレ掃除を終えて出てきた私に、男性クルーがこう言った。
「あぁ、慣れないと、機内のトイレは洗いにくいんだよね」
「・・・洗うの?」
「洗わないの?」
「え、でも、男の人って、振っておしまいなのかと思っていたよ」
「え?、りえ、それは汚い」
彼はブルっと身震いをした。

この国では男女ともに、用を足したら洗うことが習慣なのだ。という事実に気づいた私は、改めて文化の隔たりを深く感じ、そして、機内でウエットティッシュがあれば、トイレが水浸しになる事態も避けられるのに・・・と、思うのでありました。

 
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☆ 白いことはいいことだ?☆

私の祖母の自慢は色が白いことである。実家にいた頃は、例えば、靴下を脱いだ時、入浴前や後に、写真を見ながら・・・ことあるごとにこんな台詞(セリフ)を聞かされたものだ。「りえちゃん、見てごらん。私はお百姓さんをやっていたけれども、色だけは白かったの」。ほうら・・・と、まくり上げた袖の下から現れた祖母の腕は、確かに乳白色で、日に焼けて黄ばんだ私の肌など黒く思えるくらい。彼女の若かりし頃の写真を見る。お世辞にも器量良しとは言えない祖母の顔を見ながら、改めて『色の白いは七難隠す』ということわざを、彼女が心の支えとしてきたことを確認する。このことわざにもあるように、昔から色が白いというのは、どうやら美徳であったようだ。しかも、白いというだけで七難も許されてしまうのだから、その信望度は相当なものだ。まぁ、私など、仮に色が白かったとしても、隠していただきたい難は七つ程度では済まないのだけれど・・・。

それにしても、色が白くていいと思うのは、どうやら日本人だけではないらしい。ある時、日本で定宿になっているホテルで、近くのコンビニに言った時のこと・・・他社の中国人クルー(CA)が、何やら店員と話し合っている。というより、一方的に、店員に何かを伝えようとして、懸命なあまり大声を上げている。なにごとか?やじ馬根性丸出しで、私は商品の棚を物色するふりをして、そろそろと相手方に近づいて行く。店員の男性は、英語が分からず困惑顔である。頭を掻きかき愛想笑いをしてみるが、いっこうに埒(ラチ)があかず、なんだかレジの方も混んできたみたい。これでは私の買い物もままならぬ。助太刀いたすか。

「どうしました?」
「あの?、この人たちが何か探しているみたいなんです。白い何か・・・Whiteって言って

  いるのは   分かるんですけど、何が欲しいか全くわからなくて・・・」

「わかりました?。聞いてみますね。(ちょっとお姉さんたち)何を探しているんですか?」
「Whitening の薬よ。ほら、美白効果のあるやつ。ハイなんとかって言うやつで、ビタミンが

  入っているの」

美白用の錠剤か?。しかも銘柄指定。私はそんなに詳しくないんだけどな。と思いながら、シミ消し効果のある錠剤を思い出しながら、う?ん・・・と、唸った。やっぱり、やぶからぼうに声をかけるんじゃなかったかなぁ?。やぶ蛇になったかと思い始めたころ、やっと思いついた。

「わかった。ハイチオールCでしょ」
「ん?そうそう、そんな名前だった。店員さん、この人たちが探しているのはハイチオールCの

  ようです」
「あ?、助かった。ありがとうございました」

かくして、彼女たちはめでたく美白効果のある錠剤を手に入れたのだ。もともと色白そうなのに、なぜ、もっと?? しかも、中国とか台湾って、美肌効果のあるものをたくさん売っているのに、日本のものがいいのか?。棚に出ていたハイチオールCを全て購入していった3人組を、感嘆の思いで見つめていた。

ママさんCAが、自分の子供の『かわいい自慢』をするのはしょっちゅうなことだ。そこで飛び出てくる自慢の一つに、「ね、この子、色が白いでしょ」というものがあって、びっくりする。人種的に言えば、東南アジア系だと、日に焼けようが焼けまいが、肌は浅黒いのが普通である。もともと浅黒い肌なのだから白くなりようがない。たとえば、日本人が白人のような白さを求めるのが不可能なように、無いものねだりをしても仕方がない。でも、彼女たちの本音は、やはり白い肌がいいということのようだ。

東南アジア系である彼女たちに比べれば、私の肌は白く見える。「りえ、どうやったらそんなに白くなるのかしら?なんの化粧品を使っているの?やっぱり日本のブランドかしら?」と、ため息まじりに聞かれた暁には、「多分、元々の色が違うので、どんな化粧品を使おうと、それ以上を求めるのは無理でしょう」と思っても、むげには言えない。

白くないことにコンプレックスを抱くのはいかがなものか。白さを追求するのは個人の勝手ではあるのだけれど、なんだか日本人の美白好きは度が過ぎていると思う時がある。夏ともなれば、こぞって日傘をさしている。日焼け止めも白くなるまで塗るし、サングラスに帽子をかぶり、手袋までつけている。そんなに焼けたくなければ、もう家を一歩もでない方がいいのでは?と思ってしまう風体である。そのような日本人の様子は、海外でも話題に上るようだ。ちょっとバカにしているような感じで、外国人は言う。

「りえ、日本人はビーチに来てまで、どうしてあんなに陽射しに対して完全防備をしているんだろう?バカンスに来たのなら、リラックスして多少の日焼けも太陽のまぶしさも、楽しめばいいのに?ビーチで帽子をかぶって日傘をさして歩くのってあんまりかっこうよくないよね」

日焼けのし過ぎというのは良くないと思うけれども、痛くない程度の日焼けなら、目をつぶって旅の醍醐味を味わうことはできないのであろうか。それに、もともと、夏とは焼けるものなのだから。

美白ブームが落ち着いたと思ったら、次にやってきたのはアミノ酸ブームである。フライト毎に、本国人CAの誰かしら、必ず、私にアミノ酸のことを聞いてくる。私はそういうことには疎い方である。その疎い私が気づいてしまうくらいだから、これは相当なものです。どうやらアミノ酸が入った粉?が、薬局かどこかで売っているらしい。やはり美肌に効くということで、本国人CAたちの形相も必死である。知らないと言っているのに、「え?と、緑とピンクの缶で、アミノ酸が入っているのよ。値段は大体これくらい」と、説明してくる。

ある時、薬局に行った折にふと思い出してみれば、店頭にそれらしき物が山積みされていた。これか・・・。思ったより大きな缶である。赤ちゃん用の粉ミルクのようにも見える。一体、これを服用し終えるのはいつなんだろう?前回のハイチオールCも、アミノ酸も、飲み続けてこそ、効果があるようだけれども、これを始めたら一体いつまで続ければいいのかしら?そして、私のまわりのクルーで、それらによって顕著な変化を遂げた者はいるのかしら。

 
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☆ 一時停止 ☆

  「ちゃんと食べてっ!」
  「え?食べているよ」
  「食べてないっ!」

こんな風にけんかをするのは悲しいけれども、友達の話を聞くと、このようなことはしょっちゅうだそうだ。私は、最終手段としてテレビを消すことにした。でも〜と、私は思う。こんなことが頻発するのはおかしいのだ。そう、何をするにも、最初が肝心。今のうちに、もの申しておくことにしましょう。

私の前に座っている彼は、やや不満顔で、恨めしそうに、私が手にしているリモコンを眺めている。さぁ、どうする? 私からリモコンを取り上げる? テレビの本体の電源を入れる?それとも・・・。

テーブルの上で腕を組んだ私は、臨戦態勢に入ったつもりだった。でも、彼は、おとなしく目の前のシチューを食べ始めた。私も相手を威嚇するようなポーズはやめて、パンを食べることにする。少し気まずくなってしまったが、やっぱり、ここで無言というのはよくないのだろう。はっきりさせる必要がある。
  「おいしい?」
  「・・・ん?うん。うまいよ」
  「そのシチューは昨日作ったの。シチューやカレーは一日置いておくとね、味がなじんで作りた

    ての時よりもいい味になるのよ。あなたに、「美味しい」って言ってほしくて、一生懸命

    つくったの。だからね、そのシチューが、テレビを見ながら、ただ胃袋に押し込まれていく

    のを見ているのは不愉快だった。テレビを見ていたのは知っていたよ。急に消してごめ

    んね。まだ見たい?」
  「・・・もういいよ」
  「そう」
  「昨日作ったんだね、このシチュー」
やっと会話が戻ってきた。テレビを消してしまったために、BGMはなしだったけれども、会話がはずめば、そのようなものはいらない。

私だって、普段の食事で、BGMも絶対許さないほど意地の悪い女ではない。むしろ、多少のBGMがあったくらいの方が、雰囲気が和らぐし、会話もはずむことだってある。ただ、BGMはBGM(Back Ground Music)だと思う。絵で言えば、背景部分に相当する。主役ではない。それを引き立てるための脇役であるべきなのだ。だから、テレビはBGMには向いていないと思う。

テレビは情報を流しているので、それを収集するために、どうしても注意力がそちらへ向けられてしまう。おまけに映像までついていて、視線も奪う。聖徳太子のような人間でないかぎり、食事中に、誰かと話をしながら、テレビの情報も仕入れるという荒技はできないだろう。そして、私たちの多くは、非聖徳太子であることは周知の事実。テレビを見ながらの食事は、悲しいかな、テレビの方に軍配が上がる。彼のように、視線はテレビに釘付け、半ば口を開いて、惚けたような顔を食事相手に見せながら、手はスプーンを握ったままの状態で静止してしまう。そんな彼氏の姿をみて、怒らない彼女が世間にいるだろうか?

私の友達にも、やはり映画好きの男の子がいる。あるとき、彼女の手料理を食べながら、ニモに心を奪われてしまった。注意する彼女の声も聞こえず、彼女が食事を終っても、料理が冷めるまでその静止状態を保っていた。それで、「あなたにはもう二度と手料理を作らない」と宣言されてしまった。謝りたおして、数ヶ月後には、料理なるものは作ってもらえるようになった。だけど、彼女は、まだその時のことを忘れていないらしく、得意料理である豚の角煮だけは、いまだに作ってもらえないそうだ。当たり前である。彼女は、私の前で悔し涙を流していた。「ニモに負けた!!」と・・・。

男というのは、得てして、二つのことを同時にすることが苦手だと、『話を聞かない男、地図を読めない女』で読んだ。けれども、そうばかりも言っていられない。ここで紹介した二人の男性が、食事中に放心状態に陥ったからといって、それは、彼らが『男だから』というわけでもないと、機内サービス中に思うようになった。

機内でお食事を配り終えると、今度は片付けをする。食べる速度は、人それぞれなので、多少の時間のズレはある。しかし、いつまでたっても、食べ終わらないお客様もいらっしゃる。そういう方を通りすがりに観察していると、ほとんど例外なく、映画を観ている。そして、食事の手が止まっている。男性だけかと思いきや、機内では、男性はパッパと食事を終える方が多い。多少の例外はあれども、いつまでもお食事トレイ(お盆)を抱えているのは、ほとんどが女性。こっちが温かいうちに食べていただきたいと思って、テキパキとサービスしたお食事が、半分食べたところで、完全に冷めている。亀のように首を突き出し、画面に見入っている。時には、スプーンの上に次の一匙を乗せたまま、かの男性たちと同じように、口を半開きにして、一時停止しているのだ。このような女性がいることを知ったときは衝撃だった。食事はもう要らないのかと思って、声をかけると、「まだ食べます」と言うのだ。けれど、彼女以外はみ〜んな、食後のコーヒーまで終わっている状態なのに・・・。

私の家庭では、食事中にテレビを見ることは禁止されていた。小学校でも、中学校でも禁止だった。私が絶対に正しいとは言わないけれども、テレビを見ながらの食事は、なんだかとっても物悲しい。せっかく、仲間同士で集まり食事をしているのに、全員の視線がテレビに集中していたりすると、そのグループ内の人間関係が上手く言っているか心配になってくる。「こっちの勝手でしょ」と、言われてしまえば、「はい、そうです」と言うしかない。しかしながら、少しでも料理を作ったことがある人なら、分かるのではないだろうか。作り手は、冷めてまずくなった料理を、客人に食べていただきたいとは思っていない。楽しい雰囲気で、「美味しいね」と言い合って、箸を進めていただきたいと思っている。私たち客室乗務員はシェフではないけれども、お客様の食事時の様子は、お客様が思っているよりも見ている。放心状態の顔を見られたくなければ、お食事は温かいうちにお召し上がりあそばせ。それから、誰かの手料理を食べる時には、「テレビは災厄の元」ということをゆめゆめお忘れなく。

 
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☆ 紙コップの中がいっぱい ☆

「さぁ〜て、飲み物配りに行きましょうかね?」
トレイを持って出掛けようとすると、さっき準備したはずの飲み物に、ギャレー担当(Galley機内厨房)のスチュワード君が、オレンジジュースを継ぎ足している。せっかく均等に注いだのに・・・。これでは、彼が全てのペーパーカップを同じだけ満たすまで待たねばならない。「ねぇ、これはもう準備できていたんだけどなぁ〜」と、恨めしそうにつぶやく私に、彼が一言。「足りない!」「え?」

     (注) トレイ(Tray)・・・CAたちが使用するサービス用のお盆

 「は〜い、飲み物の準備できましたよ。

それじゃあ、お客様のところへ持って行きましょうか」

飲み物が並べられているトレイを、張り切って渡す私を制する、またしても本国人CA。
 「なんなの?」
 「ジュースをケチらないでよ!」
 「は?」

言われる私はと〜っても不満。私はジュースをケチっているつもりは全くないのです。私がペーパーカップにジュースを注ぐときは、ジュースの分量が、ちょうど7、8分目。彼らにドリンクサービスの準備をしてもらうと、9分目まで並々注がれたペーパーカップが、ずらっとトレイの上に並ぶ。これを見て、私がまず思うのは、ありがとうでもなく、お疲れさまでもなく、『こぼれる』である。機内というのは揺れるもの。季節にも、ルートにもよりますが、離陸後のドリンクサービスの時って、たいがい大揺れ。9分目までジュースを注いだら、ちょっと飛行機が揺れただけで、トレイの上はもう大変なことになってしまう。お客様がペーパーカップを手に取った時には、こぼれたジュースが滴っていることもざらにあります。

だから、私はいつも、警告のつもりで、「揺れるから、少なめね〜!」と、声をかけるのに、彼らが準備するジュースのトレイには、いつもなみなみと注がれたペーパーカップが整列しているのだ。ジュースだけではない。単品で頼まれた紅茶、コーヒーまでも・・・いや、単品で頼まれた飲み物は、むしろ大目に、9分目どころじゃなくて、もう、溢れんばかりの量を注いで、お客様の元へと持って行く。そのコーヒーは、当然のごとく、お客様の元にたどり着くまでに、ソーサー(Saucer受け皿)の上にこぼれる。運よく、彼または彼女がこぼさなかったとしても、こぼすというバトンがお客様にパスされただけである。しばらくして、様子を見に行くと、案の定、「すみません、こぼしてしまったので何か拭くものをください」と頼まれる。どうして彼らには、『こぼれないようにお客様に飲み物をお届けしたい』という私のささやかな、切なる願いが届かないのか???

いつもは、そんなこと、飛行機を降りたとたんに忘れてしまう。だけど、今日、それを思い出させてくれたのは、女友達の彼である中国系の男の子と3人でお茶をしていた時だった。中国系の彼ってば、いつもとっても優しい。彼女にだけではなく、友達の私に対しても、かなりの親切っぷり。彼女への献身的な態度には、本当に感心してしまう。車での送り迎えは当たり前。ドアを開ける。椅子を引く。そして、ほら、ただの友達の私のティーカップが空になれば、即座にポットから紅茶を注ぎ足してくれる・・・ん?「ちょ〜っと待って!」「ストップ、ストップ」。「おや?」という顔をしたのは、今度は彼の方だった。でも、おやっという顔をしているが、手が止まっていないので、結局カップには、縁のギリギリいっぱいまで紅茶が注がれてしまった。
 「りえ、どうしたの?」
 「どうしたのって・・・あ〜ぁ。カップがもう紅茶でいっぱいだよ」
そうして、手をぷるぷるさせながら、カップを口に持って行く私。一口飲んで、カップの紅茶を7、8分目まで減らしたところで、私はほっと一安心し、そして、彼に話しだす。
 「だって、こんなに注がれたら口に持って行くまでにこぼれちゃうじゃない。なぜあなた達はい  つもこんなにいっぱい注ぐのかしら?」
私が落ち着く分量の紅茶が入ったカップを見つめながら、彼は言う。
 「だって、それじゃあ一杯になっていないじゃないか」

つまりはこういうことらしい。例えば、お店で300円払って、コーヒーを買ったとする。日本人ならば、カップギリギリ注がれたコーヒーを手渡されたら、きっと私のように不平を言うだろう。「火傷するじゃないかとか、こぼれるじゃないか」と。日本のサービスエリアにある、自動販売機から出てくるあの紙コップ入りのコーヒーがよい例である。スターバックスなんかでは、コーヒーをテイクアウトすると、熱い紙コップが持てるように、ボール紙の耐熱カバー(あれ、なんて言うのでしょうね?)をかけて、カップを持たせてくれる。自動販売機ではそれができない。昔はどうだったか覚えていないが、確か、熱くなった紙コップの上の方を、用心して、そろそろ持って歩いていた気がする。それが・・・。しばらくぶりにサービスエリアでコーヒーを買ったら、紙コップのサイズが大きくなっていた。そして、中に入るコーヒーの量は7〜8分目である。これならば、まぁ、見た目はちょっと少ないと感じるかもしれないが、車まで持っていくのに、『あぁ、こぼれてしまう』といったことを気にしないで済む。風を切って(そんな必要もないけれど、要は普通に)歩ける。ドキドキしながら、手の中のカップに気持ちを集中させていると、左右確認しないで駐車場を横断することになるから、事故も発生するわよね?そういう、歩行者の不注意による事故も防げる。すばらしい!と、私は思った。

ところが、これが中国人だった場合にどうなるか。カップに並々とコーヒーが注がれていないと不満なのだ。「コーヒーは300円分、きっちりくださいね」というわけです。300円のコーヒーが一体どれだけなのか分からないが、彼らの基準では、どうやら出されたカップに並々というのが常識らしい。カップが100%満たされて初めて、自分の支払ったお金に対する100%のサービスと感じるのである。カップのコーヒーがこぼれようが、やけどしようが、そんなことは関係ないのだ。そして、そのこぼれたコーヒーを受け止めるために、ソーサーは存在する。300円払って、7分目入りのコーヒーカップを出されたら、そのコーヒーはきっと210円分。『俺の残りの90円は一体どこにいった!?』と、思うことでしょう。

思い返せば、地元っ子が通う屋台などに行くと、コーヒーはいつもカップから溢れ、ソーサーの上にもこぼれている。カップが出てくるたびに、持ち手の部分にまでかかったコーヒーを見て、『あとで手を洗わなければ・・・』と、毎回ため息まじりに眺めていたけれども、あれは、彼らのサービスだったのか!!

中国人の友達と鍋をした時のこと、鍋の終了時に食材がなくなった。普通のことである。私からすれば、買ってきた食材を全て使い切って、さらにみんなお腹いっぱいで夕食を終えて、無駄がなくてたいそうめでたいことである。それなのに・・・会場を提供してくれた中国人の彼女は悲しそうに後で私にこう言った。「ごめんなさい、足りなくて」

中国旅行をした時、「出されたものは最後の米粒一つまで食べきってみせる!」が、信条の私は、もう、ホスト側との戦いで、大変苦しい思いをした。食べきると、次々と皿が出てきて、切りがないのである。「ごめんなさい、もう一杯でお腹に入らないわ」と言う。たいへん申し訳ない気持ちで、円卓に余った美味しそうな料理の数々を眺め、『食べきれなくて申し訳ない』と、私は罪の意識さえ感じていた。しかし、その私をよそ目に、もてなしてくれた中国人一家は、満足そうな顔をしてくれた。大変もったいない話だが、中国では、もてなされた場合、『充分です』という気持ちを表すために、残すのが礼儀なのだそうだ。食べきると、『足りない=お客様はまだお腹が空いていらっしゃる』と、危機を感じたホスト側が、次々と料理を追加しだす。この作法を知らないで、中国でもてなされた暁には、会場はまるで『もったいない』と思う日本人対『まだ足りない』と思う中国人ホスト側との、フードファイトの様相を呈する。

「だからさ、それは、文化の違いだよね、りえ」と、彼は笑いながらまた私のカップに3倍目の紅茶を注ぐ。「ここでは並々注ぐのがいいんだ」と・・・。ゆらゆら揺れる紅茶の水面を眺めながら、これからも私は、こんなゆらゆらの機内でカップにいっぱいのオレンジジュースを運ぶんだろうなぁ・・・と、諦めにも似た思いが沸々と湧いてきたのでした。

 
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☆ タクシーについて ☆

「聞いてくれよ!さっきの客なんだけどさぁ・・・」と話しかけてきた、というか、憤懣やる方ない様子で、暴走し始めたのはタクシーの運転手さんである。暴走・・・と言っても、ハンドルさばきはしっかりしている。ただ、お口の方が、聞き手の私を無視しているだけで、安全運転しているので、後部座席の私は一安心。自分の身の安全が確保されたところで、彼の口角泡を飛ばす勢いの話に耳を傾ける。どうやら、彼は私を乗せる前に、ひどく高慢ちきな女性客を乗せたらしい。どのように高慢だったのかというと、彼にいちいち道を指示してきたのだそうだ。運転手歴うん十年(多分ね)と思われる彼は、もちろん行き先までの最短コースを知っている。それなのに、そのお客は、彼に向かって、細かく道を指示。気を利かせて裏道を通ろうものなら、「道が違う」といい、「だまそうとしているのか?」くらいの勢いで食ってかかってきたそうだ。「お客だってよぉ、いったんタクシーに乗ったら、運転手を信用するのが筋だろうが、え?俺だってだまそうと思って商売やっているわけじゃねぇし、夜、女一人がタクシーに乗っているってんで、警戒してるんならまだしも、今は昼間だよ!?」

確かに・・・その運転手さんの気持ちはわかる。先ほどのお客は、この辺りを何十年も走り続け、道を熟知している彼のプロ意識をいたく傷つけたに違いない。おまけに「回り道をしてぼるつもりか!?」というような嫌疑までかけられては、善良な運転手さんはたまったものではなかったのでしょう。

しかし・・・である。私には、タクシーの運転手さんを怒らせた女性客の気持ちもよく分かる。なぜなら、外国人と見るや、ぼったくる運転手というのは、往々にして、存在するのだ。私だって、この国に引っ越してきた当初、正規の値段の2倍、3倍の料金をふっかけられたのは、一度や二度ではない。日本以外で、タクシーに慣れていない者にとって、タクシーに乗るのはある種の冒険だと思う。道のりを知らない外国人は、タクシードライバーにとって格好のターゲットである。回り道をするくらいはかわいいもので、メーターがあるのにわざと倒さず、口頭で値段を告げてぼったくるタクシー運転手。動いているメーターを無視して、降りる直前になって目玉がぶっ飛びそうな値段を言ってくる運転手(地元っ子からすればびっくりするような値段でも、日本ってもともとタクシー料金が高い国なので、日本人は払ってしまうことが多いようです)。この場合、車は走ったままなので、乗っている方の恐怖が倍増。この国でも、メーターでの清算が基本になっている。ちょっと慣れてくると、この手のドライバーには、「その値段をとるつもりなら、タクシー会社に通報させていただきます」という、抗戦法を使えるようになる。

ときには、はじめに値段交渉が済んでいるはずなのに、走り出したとたんに値段交渉をゼロからスタートさせなければならない場合もある。私の友達には、この交渉がうまくいかなくて、目的地まで半分行きかけたところで運転手が怒りだし、スタート地点に戻り、降ろされた子もいる。喧嘩寸前までいって、「顔だけはやめて・・・」という、ドラマではあるまいし・・・みたいな台詞を言わざるを得なかった子もいる。高速道路の料金所で捨てられた子もいる。2人で乗ったら、1人ずつ正規料金をとられたり、メーターが異常に早くあがって慌てて止めてもらったり・・・。日本では考えられないようなトラブルは、枚挙にいとまがないのです。

トラブルまでいかないが、ビックリ編もある。目的地を告げて、車が走り出したと思ったら「悪いけど、目的地を知らないから、道を教えてね」という運転手。携帯電話で世間話をしだす運転手。メールをする運転手。何故か奥さんを助手席に乗せている運転手。飲み食いしながら運転をする人。お客の許可を得ずに相乗りさせてしまう運転手。急に、ガソリンスタンドに寄り道する運転手。自分が行きたくないという理由での乗車拒否なんて日常茶飯事。ここら辺までになると、「お客様より運転手様」なのである。運転手様はお喋り好きだったりもする。冒頭に登場した運転手様も、あの時は怒りが先に立っていたがために、私が「落ち着いてくださいね〜」となだめる羽目になった。けれども、平常であれば、きっとただの世間話好きな運転手様なのだと思う。

一昨日乗った、タクシーの運転手様はその典型で、私が日本人と分かるやいなや、「日本って・・・」と語りだした。私が話に乗っていくと、ついには、「あぁ、有名な歌があったっけなぁ。なんだっけ??」と言いながら、メロディーを口ずさみ・・・メロディーを・・・ん!?メロディーではなく歌を歌いだした。それはテレサ・テンの中国語版。「あ〜、知ってる知ってる。おじさんよく知っているね〜」と言っていた私も、なんとなくハミング。そして、合唱になり、目的地に着くまでに、もう一曲「スキヤキソング(上を向いて歩こう)」を合唱してしまったのでした。他にも、おもしろ運転手様はいろいろいます。例えば、観光に来た友達は、連れて行ってもらったチャイナタウンでご飯を一緒に食べて、土産まで買ってもらったとかいうお話もある。

車内の汚さについては、アジア諸国は折り紙付きと言えるかも。中には、きれいなタクシーもありますが、きれいだからというだけで、タクシー料金をあげようとする輩が出るくらい。そのくらいアジア諸国のタクシーの車内って汚いんです。いつか、中国でタクシーに乗った時のこと・・・。真冬だったため、白いコートを着ていた私が、タクシーを降り立つと、おや?肩から腰の辺りにかけて真っ黒な帯状の線が!?こんな模様はなかったはず??首をひねって考えた。思い当たったのはただ一つ。助手席に座っていた私はシートベルトを締めていたのです。そのシートベルトが汚れていたために、私の白いコートはクリーニング行き。

まったく、タクシー一つとっても、日本の常識って通用しないなぁ〜、と思います。タクシー運転手に、地名や建物の名前を言うだけで、ほぼ100%の可能性で連れて行ってもらえるのって、私の経験では、日本かイギリスくらい。もちろん、他にも、そういう国があるかもしれない。この2ヶ国では、タクシードライバーのレベルは高いです。レベルも高いが、料金も高い。車内も奇麗ですしね。日本、イギリスでタクシーに乗ることはめったにないけれど、だからこそ、そういう機会があった場合は、短い距離でもタクシーを満喫したいですね。

 
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☆ スチュワーデスさん ☆

「ねぇ、スチュワーデスさんって、いつ見ても奇麗だよね。なんか化粧のこつあるの?」。これは、学生時代の友人の素朴な疑問である。もちろん彼女の言う「スチュワーデスさん」とは、私の事ではなく、一般的な総称としての「スチュワーデスさん」である。彼女は、私がそういう人たちの1人であるらしいと、ぼんやり思っているだけで、私が仕事している姿は見たことがない。話をしている時に、何かの拍子で、私の口から、「これは同期がパリで買ってきた××」「この間、バンコクに行った時・・・」などというフレーズが出ると、『あぁ、この娘はスチュワーデスだったのだな』と思うことはあるのだろうけれども、それ以外、彼女と一緒にいて、『あ、やっぱりEちゃんって、スチュワーデスよね!』と、感じることがあるのかどうかは非常に疑問。そもそもこの質問自体が、私に向けられたものではなく、私の仲間の皆さんに向けられたものなのです。私自身が、世間一般で言う枠にあまり当てはまらないスチュワーデスだということを物語っていてちょっと悲しい。ま、いいんだけど・・・。

「スチュワーデス」と言う呼び名は、今では、客室乗務員とかCA(キャビンアテンダント)とか、FA(フライトアテンダント)とか、いろいろ言い方があるらしいですね。どれでもいいんです私は・・・。ただ、いくら「正しい呼び方はこう!」と、一部の人たちが騒ぎ立てようとも、一般的には、やはり、「スチュワーデス」という呼び名が浸透しているようです。職業を聞かれて、「客室乗務員です」と答えても、大概の人は首を傾げます。「スチュワーデス」となると、ある種の魔法がかかっているようで、私だってその魔法の言葉に魅せられて「絶対スッチーになるんだ〜!!」っと、気合いでなった1人だから、その魔法の効果のほどはよくわかる。事実がどうであろうと、世間には、『スチュワーデス=きれい』という、定理が広く刷り込まれているようで、そういうものの一つが、形となって、友人の口から飛び出てきたのです。

その、きれいなスチュワーデスさんがいかにして作り上げられたか・・・、私は、ふと、考える。スチュワーデスだっていろいろいるのだ。生来の美しさに恵まれて、産まれた時からアイドルのように、姫のようにちやほやされて育ってきた人ももちろんいる。だけど、もはや無数の航空会社が乱立し、スチュワーデスが氾濫しているこの世の中で、全ての人がそんなに美しいわけがない。美人もいればそうでない人もいる。スチュワーデスとは作り上げられている。彼女たちが美しいのは/美しいと他人に思わせることができるのは、やはりご本人たちの努力があってのことでございます。先ほど述べた先天的な美しさに恵まれている人なんて、同業の中でもほんの一握り。私のように、あまり恵まれていない人は、そして、さらに美を追求するという探究心に乏しい人間は、きれいと言われるまでに、数々の罵声を浴びせられて生きている。そういう機会に恵まれているのが、悲しいかな、スチュワーデスさんなのである。

職業を意識してかどうかは知らないけれども、いろんな方からのご忠告が雨霰と降ってくる。時には、それはありがたいものであり、そして多くの場合かなり痛いものだったりする。「口紅、歯についているよ」「顔、粉吹いて粉ふきイモみたいになっているよ」というのはかわいい方で、時には、飛行機に乗ったとたんに、鏡の前に立ち、グロスを塗り始めたゲイ系のクルーから、「あなた、もっと外見に気を遣いなさいよっ。爪は、マニキュア塗らなくてもいいけど、それならきれいに磨いてくるべきなのよっ。あたしみたいに・・・」。そう言って、手を差し出す彼の爪は、確かに光輝いていて美しい形をしている。ある時、私の横に立った、これはゲイ系ではない男性クルーが、まじまじ私の顔を眺めている。何かと思ったら、「君、毛深いんだなぁ、樅上げ、長くない?」と、彼は宣うのだった。

仕事場以外でもそういうご指摘はいろいろ受ける。私のような粗忽者は、彼氏の前でした失態も数多い。「ジーパンのチャック空いている」。以来、私はどんなに急いでいても、トイレから出る時は、ドアの前で立ち止まってズボンのジッパーのチェックを欠かさない。「顔、剃らないの?まぁ、俺もヒゲ剃らないからいいけど・・・」。もちろん、私はすぐに顔を剃った。「その服とその靴、合ってないよ」。等身大鏡を購入した。髪が乱れている。手がガサガサ。マニキュアが禿げている。鼻毛が出ている。ニキビができている。お腹が出ている。

どうして、私たちの周りには、他人の外見に口を出す輩がこうも多いのかと、悩むところであるけれども、向こう様が気になさるのなら仕方がない。私のためを思って言ってくれていると思って、ここは一つ、女を磨くために、ファッション雑誌も読みましょう、髪のチェックだって、合わせ鏡をして後ろまでするし、ハンドクリームも頻繁に塗る。鼻毛のチェックもするし、お腹も出過ぎないように気をつけるわ!

と、いうわけで、皆様からいただいたありがたいアドバイスを、真摯な気持ちで受け止める私達って、意外に(?)苦労人なのです。こんなご指摘を受けながら、十人並みな人も、いろいろ気をつけるようになって、ちょっとずつきれいになっていくのですね。この仕事についてから、いわゆる「誰もが認めるきれいなクルー」を見かけると、『この人が今まで受けた「痛い忠告」っていかほどのものだったろう・・・』と、彼女が今に至までにした悔しい思いの数々につい、思いを馳せてしまう私であります。

 
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☆ 南の海で

この間、私は、有給を使ってダイビングのライセンスをとりに、南の島に行って来ました。島にいたダイビングのインストラクターさん達がとても優しくて、ひとりで行っても、寂しい思いはしませんでした。よい思い出もらって感動したので、さっそく島で撮った写真を焼き増しして郵送した次第です。ダイビングはやってみると分かりますが、非日常の、ちょっと恐ろしい環境(←酸素ボンベなしには生きられない、期限付きの命・・・みたいな危機感がある。ウルトラマンよりは長く水の中にいられますが・・・)に置かれますよね?私みたいな臆病者には、心拍数がかなり高まる状況なわけです。それで、心拍数高まったところでドキドキして、インストラクターがかっこよく(ないんだけどね)見えたりします。特に、私みたいな1人者には堪(こた)えます。これは私だけじゃなくって一般論でしょう。多分。だって私の友達も、インストラクターがかっこよく見えてしょうがないって言っていますから。いつ我に返るかは、その人次第なのですけどね。それに、そういう危機的状況にあって、インストラクターって的確に指示出してくれるじゃない?喋れないから、至近距離のアイコンタクトで、さらに手をとって教えてくれたりするわけ。気長な人が多いらしくて、間違えても絶対怒らないしねぇ。普段怒られ慣れている私たちにはこれは大きいです。

そういうわけで、正直に言いますが、島に行ってインストラクターに軽い恋心を抱いた私は、ありがとうの気持ちを込めて島で撮った写真を焼き増して送ったわけですが、それで失敗をしてしまいました。断っておきますが、何にもしてないし、言っていません。問題は写真の中の登場人物。私と、インストラクター3人。しかし、実際、島にいたインストラクターは4人だった。1人は私のインストラクター。残りは、陸の上で、水の中で、多少語り合って友達になった人たち。2人は男。残り1人は女性なのだけれども、彼女はインストラクターの中で最も多忙を極めていた人で、一緒に写真を撮る間がなかった。男どもは問題なし。しかし・・・そうです。後々の、インストラクターである彼女(私の世話をしてくれた男のインストラクターじゃなくってね)とのメールのやりとりで気づいたんですが、私のインストラクターのRと、彼女Pは、多分付き合っているんですよね。島では自分がサバイバルすることに一生懸命でちっとも気づきませんでした。女の子はインストラクターで、水中生物にも詳しくて、何ヶ国語を自在に操る、非常に聡明な方なんです。でも、ハッキリ言っておデブちゃんで男勝り。そしてRはウルトラ細身なのです。仕事だからでしょうが、そんなそぶりをちっとも見せなくて、私、すっかり騙された気分です。それにしても、私の写真の中に彼女はいない。されど、インストラクターRとのツーショットにハートマークまでつけて送った私・・・。彼女が、彼氏であるRと、写真が入った封筒を切る日のことを考えると、ちょっと恐ろしい。

え?もちろん私の熱病(軽い恋心)はもう冷めました。Rは確かにかっこいいけど、ああいう人は海でこそ輝ける人なんですよね。いつまでも島にいてください。というわけで、簡単に島に行って来た報告でした。

 
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☆ 救難訓練 ☆

長かった。みなさん、ご存知かと思いますが、客室乗務員は一年に一回のセイフティーに関するテストがあります。なかなか、どうして、これがなんだか気が重い。試験に落ちたら飛べないし、なにか、こぅ、自分の無知を避難されているようで(って、実際そうなんだろうけど)。この日に何をするかというと、安全面の確認・・・、と、いうことで、緊急事態の対処の仕方を学んだり、救急救命についての復習をしたり・・・まぁ、そんなことをする。いきなりテストを受けるわけではなくて、モックアップを使ったり、実際に消火器、ライフジャケットを使ったりの実技なんかも行うため、私の勤めている航空会社では最短で二日間の訓練が催される。ご存知の通り、緊急事態発生なんてそんなにちょくちょくあるものではありません。当たる人は当たるらしいけれども、私はそういう意味では当たらない方。当たる人は、酸素ボンベをまるで掃除機か何かを組み立てるようにテキパキと組み立て、いかにも扱い慣れている様子。でも私のように当たらない人は、年に一回のこの訓練でしか酸素ボンベは触らない。・・・と、いうわけで、正しい使い方を常に頭に叩き込んでおくために、この2日間は重要なんですね。

しかし・・・この訓練、いつもなら知り合いが何人か終わってから、私の番がやってくるのに、今年は、なぜか私が一番手。些細なことだけど、これだけでも、小心な私の不安は増大。そんなテスト、いずれ受けなきゃ行けないんなら早かろうが遅かろうが関係なかろう!!と思ったら、大間違い。だって、自分よりも早く終わった人がいたら、どんな具合で2日間が過ぎて行くのか(実は、その日の授業の終了時間は、当たるインストラクター次第だったりもするんだけど)教えてもらえるし、テストの問題だって教えてもらえる。

もちろん、あの推定5cmはあるかと思われる分厚いマニュアルを読んで勉強もするんだけれども、勉強するには、あてずっぽうに隅から隅まで読むよりは、何か基準になるものがあった方がやりやすいんです。例えば、「緊急時に開けるドア」についての質問があるとしたら、まずそれが海の上なのか地上なのかで違うし、機体によって違うし、当然の如く、自分が機体のどの辺りのドアにいるかによって違ってくる。一つお題を与えてもらえれば、連想ゲーム式に、「あれはどうだったかな?これはどうだったかな?」と、いう具合にあっちこっちページをめくって、予想問題なるものをこなしていくうちに、あら不思議、こんなにたっぷりな厚さのマニュアルをなんとなくカバーしているの。

というわけで、いろいろ言いましたが、セイフティーの訓練にあてられたこの2日間の年間行事を始める前に、私のストレスは既に絶頂にあったんです。ストレスが頂点に達した人間の判断力は鈍るもの。そう、私は、訓練を前にしてばかなことを一つした。それは訓練施設の近くにあるホテルに泊まるということ。このホテル、ご飯はまずいし、サービスもいまいちだし、訓練所に近いという以外になんらよいことがないという評判。しかし、実際泊まってみなければ分からない。よい悪いは、基本的には個人の判断に寄るものだもの。そういうわけで、『何事も体験あるのみ』、が信条の私はそこに一晩、セイフティーの勉強をするための時間稼ぎをする、という大目標のために宿泊することを決めました。それが私のした大失敗。今思うと、なぜそんな暴挙に踏み切ったのか、自分のことながら、全くの謎。ストレスにより脳の回路がいくつか切断されて、不能になっていたとしか思えない決断だった。

もともと、そんなアイデアなぞ念頭になかった私が、なぜそんなことをするに至ったかというと、きっかけはやはりフライト中。すでにセイフティーの訓練を終えて、隣に座っていたベテランクルーがこんなことをいい始めた。

「そうよね。やっぱり訓練って気が重いわよね。そうそう、でもね、私にはそんな時のとっておきの必殺技があるのよ。あなた、訓練所の近くの、ホテルに泊まりなさい。知っているでしょ?××ホテル。そうしなさいよ。私は毎年そうするわよ。だって、ほら、考えてもみて。アナタ、どこに住んでらっしゃるの?え?あんな遠いところに?それじゃ交通費もばかにならないでしょ?おまけに訓練所って離れた所にあるから、アクセス悪いし、タクシーもつかまえにくいのよね。だからよ、そういう人にこそ、あそこに泊まるのがおすすめなわけ。それにね、私って、家じゃあ勉強する気になれないのよ。まぁ、ご飯さえ我慢すれば、あそこはそりゃあ快適よ。なんてったって、あのロケーション。訓練所が徒歩圏内。勉強して、朝寝坊ができるわよ。勉強しなきゃいけないストレスで頭がいっぱいだっていうのに、なんだって移動時間や移動方法まで気にしなきゃいけないわけ?休憩時間が長ければ自分の部屋に戻って静かに勉強するもよし、休むもよし。たまに、ほら、図々しいのがいるのよね。『朝早く来すぎたから、悪いけど、アナタの部屋で勉強させてくれない?』って。え?そんなのお断りよ。なんのために、お金を払って部屋を借りていると思うのよ?静かに快適に勉強したいと思ったら、自分も部屋を借りればいいのよ。落ち着いて勉強できて、テストに受かると思ったら一泊分なんて安いもんよ」と、ストレスで回路の接続が不能になった頭にがんがん響く声で、息もつかずまくしたてる彼女は、なんと上沼恵美子さんのそっくりさん。お国は違っても、お人柄って、外見に似るんでしょうか?ねぇ、ちょっと想像してみてよ。天下の上沼恵美子が私の耳元で、訓練所に泊まれ泊まれと力説している。そして、それが、私がテストに合格する唯一の方法だと説いている。私はテストを目の前にして藁にもすがる思いだったのよ?これに飛びつかずしてどうする!?

私が正気に戻ったのは、残念ながら、試験が終わった後ではなくて、噂のホテルの部屋に入った瞬間だった。しまったー!!と思った時には、時すでに遅し。訓練中だというのに、友達に、『やっぱり自分の部屋に帰りたい』などと、初めてお泊まりをした子供のようなメールを送った。1人で住み慣れないところにいると落ち着けないし、なんだかとっても不安な気持ち。あそこの壁のシミも、こっちの壁のひび割れも、私に意地悪している感じ。本気で部屋に帰ろうかとも思ったけれど、ここで帰っては女がすたる!!自分を励まし、騙し、訓練所に近すぎて、結局、訓練気分が抜けないまま不安な一夜を過ごした私は、ちょっと心身虚弱状態のまま、2日目の訓練に参加しました。試験の方はなんとか無事にテストに合格し、向こう1年のフライトを許される身となりました。めでたし、めでたし。この訓練が終わるとフライトが恋しくてたまらない。客室乗務員たるもの、やっぱり空を飛ばなくちゃね。今から次のフライトが楽しみです。

 
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